バイブルが面白くない理由
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バイブルが面白くない理由

2017-10-23 09:53

    MMDと言う領域の是非、ではあるけど。

    「MMDシアター」そう言う企画を考えた事があり。そこでは上映作品は民主的に多数決、投票により決まる事になっている、が。理想論では、そこで採用される作品はコロコロ変わる、筈が。一つか、一群の映像作品が常に選択され、上映され続けていたとしたら?それでいて客は来ているのだ。レベルは決して高くもなく、内容的に、必ずしも大爆笑程の事も無く?視点から言えば低レベルでさえある”それ”が採用され続ける時、そこにどうしても、邪は見る。

    …しかし、”それ”を否定しようとすると、「否定する方が拒絶される」のである。


    この現象、日本では「ガンダム」ガンプラ、として、昔から風物詩の様な諍いではある。恐らくは「天皇制」その是非は大きく関係はする。市場管理者の意向として、もちろん日本の場合、「戦争の放棄」否定、それは大事な話、だ。「ガンダム」は偶然か必然か、その問題に対して一つの解決策を示し、「紛争解決機構」として結実した、エポックな作品ではあって。だから、日本としては”これ”を手放す訳には行かない…そう言う意識は非常に強く出る。アメリカの様に、大統領がその「市場管理者」の地位に居るならその時々で変わりもするが、天皇家は人類史上最長の王族ではあり…その「伝統を守る」的な意識の重さは非常に高く、そして国民もまた、天皇家を否定するつもりがほぼ、無い。結果、一度任命された作品は、よっぽどの過失がない限りは「横綱として」任命され続ける事に成る、訳だ。「ガンダム」はそんな、幸運か不運かは解らないが、稀有な作品の一つではある。

    MMDと言う領域でも、実際には”これ”が起こってる、可能性は実は、ある。

    MMDは「皇帝」その影響力が強い頃に創られたツールではあり。何の為に?そこに邪が有る。実際には「王の権威」それを市場的に否定する為にこそ、このツールは有る訳だが。使っていて思う事が有る筈、「なんでこの程度の事しか出来ないの?」バグあるよね?使いにくくない?その他もろもろ。これはでも、多くが「日本のアニメや特撮」それへ向きやすく、その先に「王の権威」への、重い殺意を伴う否定が乗っていく訳だ、が。

    アニメや特撮を嫌いな奴が、命令としてもこんなツールを創るだろうか?だ。

    結局、現場レベルでオーダーに対し「そこまでは出来ない」部分が”不足”として残っては居る。結果で、皇帝が求めた「王の権威を呪い殺す」事までは出来なかった、訳だが。そこは、王の権威へのやんわりとした疑念に抑えられ、王の権威が”それ”に対して返答し続ける事が出来る限り?”それ”は逆に「日本の、特に昭和の頃の文化を再認識する」事に成った訳で。当初の狂ったような投入は、良くも悪くも”全て”それにより逆に「評価」される結果、MMDは一つの文化と化した、訳だが。

    本質は変わってないのだ。解る人には解る。MMDでやるべき事、それは日本の文化の否定である。アメリカ側の3D技術の高さの前に日本はひれ伏さねばならない、破壊されたくなければ!奴隷に成るしかないのだお前らは!!

    …これは、MMD領域では評価されつつ否定される、そんな妙な立場には置かれる。MMDの全ては、3Dの領域でジャパニメーションを再現する為に用意された細工だ。それを理解しその感覚に同意しなければここでは評点に成らない、ただ才走れば良いと言う物ではない。

    ”これ”を言うのは?もちろん「王の権威」である。結果で、MMDの領域では「王の権威」その作品は、”ツール的な欠損を埋める物”として、微妙に不可欠なモノに成ってる訳だ。その作品が入ってないと、その領域での評価方法が解らなくなる。良いか悪いか解らない混沌は戦争に繋がる、ストレスだ。だから、”そこ”に対して常に防衛する時、全くもってそこには「古き良き昭和の環境」それが、再現されてしまう訳だが。

    その時、或いは。その「一つの作品だけが、延々と選抜され続ける」そんな、民主主義とはとても思えない光景が、ちょっと出来たりはする訳だ。幸運か不幸かは解らない。その作者には「それ以上の要求が無い」のだ。その作品を創っただけで、既にその領域での仕事は終わっている。創作を志す時、一つの作品だけと言うのはちょっと悲しさは有る。まったく、昭和の頃の「天皇陛下」それは、そう言う状況だったのかもしれない。ともかく結果で、その「王の権威」の主観が非常に重要な評価基準に成る時、期待が裏切られたりする、それはあって。

    だからこそ、ストリードの連携、そう言う話があるのだけど。

    その?MMDの環境が、悪い訳じゃないのだ。ある視点では安心感のある領域ではある。余計な事を考える必要は無い、単に従ってさえいれば、この世界は問題なく続くのである。平和を乱さんとする悪は、正義の使者により倒される、それが道理。その悪が「人々に自由を取り戻す!」事をお題目にしていても、だ。間違っているとも言える光景ではある、しかし。昭和は良かった、そう言う意識はまだ…かなり厚くある訳で。今のMMDには、”それ”が再現されている訳だが。

    郷に入れば郷に従うべきか、真なる理想を目指し環境を破壊するべきか。逡巡は続く。


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