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理不尽なる皇帝のゲーム機
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理不尽なる皇帝のゲーム機

2017-11-24 11:39

    戦争で決まるのだ。

    ただ、ブログとして今、”それ”が多数派を取れる訳でも或いは、無い。

    ともかく、大賀さんが有る。紛争解決機構。それを前に人類は皆平等で、”勝てさえすれば通る”状況があり、それは如何なる苦境からでも正義、それでさえ有れば、最終的には勝てる。それは、自身をテスターにしてある程度は語れる、証明の様な事は出来ている、そう言って良いのかもしれない、が。

    しかし、「朝鮮系はちょっと、ヤダなぁ」それは、”王の権威”森宮的なスタンスとしてはどうにも今、残る。朝鮮王朝の末裔、”それ”は中華思想の皇帝を見つけ…煽り、扇動し、煽ててその気にさせ、事態の混迷を長期に渡り招いたのだ。その辺には絶滅して貰いたい、その位の意向はどうしても、ある。

    皇帝がリアリティである時は?その時彼らは存在する手段を失うのだが。皇帝に逆らうのなら一族郎党皆殺し、である。だがその中には当然、何の罪もない存在も居る訳だ。その罪?を、絶望を回避する為に、非人道的な選択をもそこでは選択される。「朝鮮王朝の末裔」その思想、「我々は産まれついて豚です」家畜は飼う奴が居ないと生きられない、だから。だからそこに”そう言うモノ”が育ってしまった訳だ。

    だからこそ「王の権威」は同じ轍を踏む事は許されなかった、がしかし。今は大賀さんが有る、訳で。その時彼らは、戦う事が出来る、皇帝の非道に対して、或いは一人であろうと喧嘩は売って、正義でさえあれば、勝ち抜く事は可能だ。非道のままでは自滅していくだろう、一族を守らんとしたら、その時選ぶ道は…変わってくる。

    だから、現状自分は、聖人君主で有る必要が無くなっては居る。「正義は勝つ」「勝てば官軍」ではあり。ともかくどんな方法で有ろうとその戦場にて、勝てば良いのだ。差別的であろうと、独善的であろうと、決めるのは大賀さん、或いは「大衆」神である。”それ”に関して自分の思惑は関係ない。「お前の企画だけは”絶対に”通さない」そう言って、権力とか資金力を駆使して大軍団を投入する様な、大人気ない真似をしたとしても。「負ける時は負ける」のだ、正義がそこに無ければ、皇帝の軍勢であろうと、勝てない。

    …筈だ。

    でも、それを考えるなら自分は今?その戦場に撃って出て、勝利を勝ち取るべく行動を起こすべきではあるまいか?そんな風にも感じはする。「かむろぎ」それはまだ、表に出る様な気配さえ無く、その他の話も全くなく、自分の状況は殆ど変わっていない、「何となく」その中で、相変わらず答えか出口を探して右往左往している状況。自分の前に有る現実は、自分の気に入る?事態を映さない。好意的に見れば「如何なる事態に対してもあげちうは無関係である」が、悪意的に見れば「あげちうは理不尽な下敷きで有る事は変わらない」のだ、不快なる愚者共に依存され、寄生され続ける。そしてただ、時間だけが無意味に過ぎていく様な、そんな…焦燥感は残っていく。

    世間はそんな”下敷き”の上で、なんともテレビに映る見た目だけは、どうにも安楽と裕福さを享受している様にも見えて。微妙なストレスは増していく、気もする。これは、これで良いのか?何故自分に!ジークジオンを唱えて軍勢を率いる力が無いのか!

    …ともかく王の権威、皇帝の特権、”それ”は「大賀さん」紛争解決機構の存在故に行使できない今、問題になる「時代のうねりの中で理不尽に引き裂かれた二人」そう言う不幸は、発生しない、のだけど。

    微妙な批判だけは、ちくちくと続く。


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