絵に描いた田園風景と現実
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絵に描いた田園風景と現実

2018-02-13 12:11

    農家の問題は、重い。


    農協、「JA」は、その”お上”に要求する。

    「創った農作物は、全部買ってくれ」

    これは物理的に”不可能”だ。需要と消費量の問題がある。しかし?JAの理念的には農家に対して”それ”を約束はしている、のだ。だから世間には買って貰わないと、困る。

    …そうは言いましても。

    この辺、理屈としての打開はある。需要と供給。あぶれた農家は”他の仕事”をするしかない。今までの本屋や映画館やネットカフェその他もろもろ、その他の仕事に受け入れ先を設定する事で、打開は出来る。何処でも同じだ、需要に対して供給するだけ。全てが「仕事」と言う形式に則る事で、問題は無くなる。

    「で、なんで自分の作品は売れないんです?」

    最後に、”これだけ”がどうしても、残る。


    農作物を造る時、「品質も良いし食べれるのに、なんで買わないんだ?」それは思う。その時大概は、造る状況は勝手だ、独裁的。自分が作りたいモノを、自分が美味しいと思う物を創る、それは間違いなく「問題は無い」のだ。なら。

    「なんで売れないの?」
    他にも、盛大に売れ残ってる。


    これは問題か?と言う感覚には、”ここ”は有るのだが。この先に確かに”面倒さ”は有って。需要に対して供給しないといけないのだ。売れないなら、貴方が創る作物には「その需要が無い」と言う事だ。別なモノを創るか、或いは。

    「そんな筈ないだろう?」

    或いは農作物的に、”自分の描いた漫画”を見つつ、ふと呟く。

    「大規模農家」は、この感覚には…対応し易い。銀行からお金を借りないと行けないからだ。そこで”需要”に対して、審査は入る。しかし?小規模農家はやっぱり、勝手に造って勝手に納品する、”それ”が期待される金額に成らない?事が…不満だ。

    農家の「多数決」が、”その意向”が、やっぱり何となく、逆?を向いている感覚は有る。

    これを補正する方法?が、何となく、見えてない。
    そんなに直ぐに、造る農作物を切り替えられる訳でもないのだ。
    需要に対して供給しろ?と言われても、直ぐには対応出来ない。

    「カウンタ制御」が、何となくその理不尽?に対抗する形で存在している、感覚もある。

    長年存在し続けた”それ”には、罪は有るのだろうか。



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