昭和の栄華とその末路
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昭和の栄華とその末路

2018-10-29 09:21

    この辺、今は「小林よしのり」氏にも、通じる。


    「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

    ちょっwおまっww(=゚ω゚)ノ

    その時、それを言った本人は”本気”だ。


    昭和の時代に名を上げた人々の中の、何人か?は現在、”この”変質をしては居る。変質と言うか、ツッコミ役、しばき役が居なくなって暴走してる、そう言うべきかもしれない。「如何なる卑劣な手段を用いようと生き抜いてやる!」的な、それであっちにフラフラこっちにフラフラと、今はもう、小林よしのり氏そのスタンスは、単なる根無し草に成ってしまった。結局この辺も、朝鮮王朝の末裔、その思想、「犠牲は必要なのだ」的な?そこへ通じてしまった、と言うか、かもしれない。才能の有る無しも、結局はサイコロ運である、産まれついてのそれは、しょうがない。

    「情けない事を言うな」

    的な、しかし。昭和天皇は”それ”を結局は、間違ってると理解させる?事は出来ないまま、昭和は終わってしまった。立場の問題も大きい。昭和天皇は特に、太平洋戦争前は神その物で、その後も、彼以外には利益性のある創作、それは想起出来なかった。自身こそが多数決の多数派、それが絶対正義であり、その国家全体の利益を目指せば、彼は多少の強行論も容認せざるを得ず、反発する少数派は敵だ。昭和の名声らは、その先兵だったに過ぎないが、本人らも自覚は無かったろうか、俺は偉大なる存在である!自意識だけが病気の様に肥大してしまって、比例する様に無能に成っていって。その時、そこに、何かの些細な歪みが始まって、それは膨らんで。昭和の終了と共に、それは歪な化け物と化して、暴れ出した、訳だ。

    「王の権威」それが、何の特権も無い民間人に降りた、それは必然だったにせよ。それは今も、彼らの暴走を止める事は、基本的には出来ずにいる。惨めに無様に変質していく、昭和の名声?らの醜態は、今の自分らに、何を言わんとしているのだろう。

    彼らは今、実際には、利益性から見放されてはいる。手を出す全てが大損害を出す状況だ。それを養い続けねばならない、或いは昭和から続くその権威、権力が、実際には彼らと同じ変質をしているのかもしれない。利益性だけを問うなら、彼らはもう用無しだろう。でも、それは、切り捨てでは無いのか?

    彼ら、老いた権威が、しかし、昭和を創ったのは間違いなく。沢田研二が、かつての「ジュリー」それに程遠い有様に成っていても。それでもそれが「沢田研二で有る」時、7000人はまだ、彼を、追い続けているのだ。

    「中華思想の皇帝」共産主義の本懐、だろうか。昭和は本当に、良い時代だったのだ。1%を切り捨てていたにせよ、逆に、それは現実を超えた快楽をも、そこに現しはして。我々は何故か、そのツケと共に、今を暮らしている。

    「働け」今の彼らにそれは”無理”だ。それを求めるこのシステムに、問題は無いのか。


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