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急がば回れと言い続け
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急がば回れと言い続け

2018-11-10 22:18

    ある意味で当然ではある。

    テレビ業界は、その「ストリードの連携」このシステムに対して、ぶっちゃけ好意的では無い、訳だ。

    ただ、その結果として独裁性、それが残ってしまっていて。”それ”が理由で、ちょっと問題のある状況には陥っている。


    テレビ番組に、期待される倫理がある。

    しかし、それを護る結果として、「ヘタは出ていけ」その帰結が発生する。
    それに対して抵抗する意識が有り、施政者的な道理として「切り捨ては許されない」それが障壁としてあって。
    結果、その倫理とは”全く逆の存在”が、そこに脅威として残ってしまい…理想を破壊してくれる。

    その対立?が有る結果、どうも、両者にとってあまり良い状況では無い…様だ。


    非常に個人的な理解として、今のビートたけし氏は、色々と酷い。
    しかしその「ヘタは出ていけ」その標的である、それもまた現実な感じ。
    だからこそ、この存在はテレビに有り続ける、のだけど。
    この存在を残す結果として、テレビは利益性を持ててない、訳だ。

    消せば良いのか?
    それは切り捨てに成る。
    単にそのベクトルで”下手なだけ”だ。
    もちろん、現在の状況で彼が何かの犯罪性と言うか、そう言うのを抱えてない訳じゃないのだ。
    現状、彼が関わると?かなり強気に出ない限りは、膨大な損失が発生する。
    ”それ”を押し切るのは、今のテレビに関わってる存在には、ちょっと難しい。
    故にか、彼の出演番組は殆どが、単に”居るだけ”だ。妙な御取持ちをし続ける、空気。
    もちろん、その膨大な損害を、彼自身が背負わない訳でも無いのだけど。

    彼が「ちょっと」とか内部で言ってくると、それを断るのが、何故か非常に困難な訳だ。

    凄い迷惑。

    損害は出てからでは遅いのだ。そして出る時には、億単位での損害に成る。
    なので、腫れ物に触る様に、可能な限り、穏便に。

    内部的に「対処し難い存在」に成ってしまってる、それもまた、現実。


    前に、大杉漣氏が亡くなった際も、ビートたけし氏は「まるで俺が殺したみたいじゃないか」そんな事を言っている。
    何かの、自覚は有るのかもしれない。
    テレビの倫理、その残酷な「ヘタは出ていけ」それを、自身で偏向する先で、「そこ」に、犠牲者が出てしまう。
    この構図は、前に見た事はある。

    王の権威に対する、中華思想の皇帝、それだ。
    特権、強力な正義に対して、カウンターの様に発生する、対処し得ない独善。
    これを打開する上で、自分は「王の権威」それを捨てると言う選択はした、が。

    これは、この場合にも適用されうるのだろうか?

    物理的には、「大賀さん」そこが終端としては有る。
    だから、何かの責任はそこで審議され、蓄積はされて行くのだろう、しかし。
    「誰の責任か?」
    その時、微妙に混沌があり、「標的の1人には集中しない」感じがあって。

    そうは言っても、作家性、自分の理想を描く、それは。
    何とも捨てがたい何かとして、まだそこに有るのだ。


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