アメリカンドリームとその結末
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アメリカンドリームとその結末

2018-11-16 14:27

    責任は取って貰った、筈?だ。

    「ハリウッドシステムの標的」それが、無効化された、と言う言い方には成る。

    「中華思想の皇帝」とか、「朝鮮王朝の末裔」だとか、”そう言う存在”概念的な、”それ”らは今までの経緯で「それは要りません」そう言う状態になり、その影響力を否定されてる。その存在である、「その責任を取られた」訳だ。”それ”と同じ感じで、「ハリウッドシステムの標的」それもまた、同じく責任を取られ、存在の意味を失った。

    と言う状況だとは、思いたい。
    誰かが死んだ、居なくなった、では無く。
    「その存在理由が亡くなった」それは、そう言う結末。

    何故”そこ”が標的に成ったか?に関しては、昭和から続く、或いは「天皇」その頂点が有るが故の階層、そう言うのが起因はする。昭和天皇にしろ、それは自身ではどうにもならないモノだ、自分が天皇陛下である、その現実を覆す訳には行かないからだ。結果、どうしても「下層」が発生し、”それ”は下層から出られない。そこに有った憂慮が、そこに通じる存在に、過剰とも言える分配を齎した…訳だ。ハリウッドシステムは、平成が始まり具体的な標的を失った後、「なんで?」が集中する、”そこ”を新たな標的にした。それは、その結果ではある。

    ”それ”が結論で否定された?事は、それはそれとして、喜ぶべき事ではあるが。
    しかし結果として、その「標的」は、その、或いは昭和天皇から認められた理由と期待?を、最後まで満たす事は出来なかった訳だ…そこは、重い無念としては、残る。

    「ハリウッドシステムの標的」その任は解かれた、それはもう、指導者としての地位を失った、と言うか否定された、そう言う意味には成る。”それ”を王と仰いだ人々はもう、「その存在を頼る事は出来なくなった」訳だ。彼らは今後は、或いは野犬の群れの如く、その状態から自立せねばならなくなった。逆に言えば、自由に成った、そう言う言い方も出来るが。或いは「駄犬の群れで有る」事実は変わっていない訳だ。

    その人々がどうなるか、それは今後の話ではある。ともかくその存在を王と仰いだ、そこに責任は有り、彼ら自身の未来ではあり。そして不思議な話と言うか、そこにガンプラがあったりも、する。

    ガンダムは、紛争解決機構である。構造的に、十二分な性能をもったソレだ、「王の権威」それが、期待される存在なら。その決定に逆らうそれは、現実的な損害として発生し、或いはそこに悲痛や理不尽は起こる。決定に従ったなら、それはそれとして正しく。そこで勝った存在には、或いは、問題は無いのだろうが。

    カリフォルニアの、セレブが暮らす地区での大災害は、アメリカが”何か”に逆らった、そんな結果なのだろうか?

    それは不意に、思う。「ガンダム・ビルドダイバーズ」が”ああなった”理由には今も重い疑念と否定感が渦巻いているからだ、そして。

    そう考える時、しかし。アメリカが引き下がる、そんな気配も微妙にしないのだが。

    それは何を意味する。



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