人は死んでも声は残る
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人は死んでも声は残る

2019-01-10 17:10

    現状、根拠は求められる。

    「サンライズに問題が無くなった?」と言う理解の、その理由として自分は、去年、声優の「藤田淑子」さんが亡くなられた…そこにちょっと理由を載せている。それよりも静岡県内では「キテレツ大百科」のキテレツの声で有名らしい、が。一般的には「一休さん」だろう。どっちが?と言う時、やはり意識はその、「一休さん」に向いてしまう訳だが。

    声優とは、「居ない存在の声を創る人」ではある。
    その時、そこには普通とは異なる、何か違う意識…そう言うのは芽生えるのでは。

    「一休さん」とは、実在の「一休宗純」をモデルとしたキャラクターだが、境遇的には、母親と別れ、お寺に預けられてる…と言う幼少時代の故事が基本。この状況設定に対して、何となくシンクロしてくる境遇がある。

    天皇陛下、だ。

    天皇家は基本、幼少の頃は親と離され英才教育を受けて育てられる、らしい。しかも、「一休さん」も、天皇の庶子という立場であり…天皇家に通じる人物な訳だ。昭和天皇が、王の権威であった昭和と言う時代では、日本で流行った題材としては「身分を隠したヒーロー」と言うのが殆どだった。何故か?だ。

    この視点から?「一休さん」と言う存在、それは何処に通じていたか?

    そして、昭和が終り、「昭和天皇が居なくなった」時、「一休さん」それは、どんな意味を持ったか?だ。何故、静岡では、「キテレツ大百科」を繰り返し放送し続けたか?「一休さん」よりも、何かの影響力、認識?を…弱めようとしたから、では。バンダイは、静岡に有るのだ。その領域での、社員その認識。

    「藤田淑子」と言えば?
    「キテレツ」でしょ?

    特に静岡では、”ここ”に持っていきたかった、のでは。一休さんでは無く。

    つまり、「ガンダム」に対して、「藤田淑子」さんは、何らかの、奇妙とも言える影響力を持っていた…のでは。

    「サンライズ」或いは「ガンダム」それは当時、その声を無視出来ず。結果で「その認識」に晒され続けた。そう言う結果があの、暴走とも思える事態を産んでいた…可能性。

    「私が神なのです」

    もしそうだったら、ちょっと怖い。
    しかし逆に、だから、そう言うのも、何となく。

    「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に、新作のスピンオフが始まる。「星と翼のパラドクス」は、年明けの改善が上手く行っている…らしい。それはいい意味だろうか、悪い意味だろうか。ともかく今まで、「問題ないオリジナル」よりも、「有り得ない、更に上位」を志向してきた…そう言う傾向はあって。それはまだ、「ゾンビリベンジ」それとして、執念みたいな形で残っては居るし、「何処が悪いの?」それを言いにくい時、このゲームが悪霊の様に、それらを呼び起こす可能性もまだ、否定し切れず。

    PVは、一応は、鉄血のそれ、ではある。
    しかし?「ストリード」それを使っている、雰囲気は…微妙に、無い。

    やってみないと解らない。

    怖いセリフだ。


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