古い主観と今の理解
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古い主観と今の理解

2019-02-08 17:08

    それは、旧「王の権威」昭和天皇の主観、だ。

    望むと望まざると、当時の日本で「前に出る」には、昭和天皇の認証、それは不可欠だった。
    その時、ゲームと言う要素に対して彼は、何を視ていたのだろう?だ。

    つまり?「”遊び”相手」としての?”それ”をイメージしていたのかも、しれない。
    ガンダムのMSに対して、「クスィーガンダムは処女なんだよ!」とか、良くも悪くも”そう言う主観”の発端、とは言える。

    「職業とは、認めがたい」にしろ。

    「そう言う存在」を、歴々の天皇が、認めてこなかった訳じゃない、のだ。

    そして、だから逆に。

    ”その主観が”その押し付けとも取れる要求が、彼らにとって苦痛だった、そう言うのも、或いは。

    「榛名山じゃねーよ」

    それはちょうど、お笑い芸人の「ハリセンボン」に「近藤春奈」と言う人も居て。
    それは何故、”そこ”だけ妙に強調されているのか?その理由にもなる。

    ともかく、この辺は色々多方面に失礼ではあり、オフレコの方が良い話…なのだけど。

    「艦これ」でも、榛名と言えば、金剛型の中ではNo.2とも取れる立ち位置ではあり。
    そしてまず、金剛型とは元はイギリス戦艦であり、つまり”外国製”だ。
    その辺、”当時のパワーバランス”で言うとゲーセン関係では「TAITO」「SEGA」「NAMCO」「KONAMI」この順だった、そう言うべきだろうか。

    戦艦に対しても、美しい女性像をイメージする、と言うのは昔から、だ。
    そう言う物として、彼はそれらを視ていた…それは別に、不思議もない話。
    当時は、「ガンダム」そのMSとして、これらは認証されてなかった、のかもしれず。
    そもそも「ガンダム」の認証主観では、ゲームとは「エロックスガンダム」それであり。


    平成に入っての認証としては、今も、或いは「昭和天皇の周りに居る女性像」そう言う”感じ”が、残ってるのかもしれない。

    不愉快で不可解な”理解”だ。
    だから、表立って語られる事も無かった、訳だが。

    それでも、「要求」それとして、SEGAは「榛名」としての、最後は殆ど無意味だったかも知れない悲劇の戦艦の様な、その鎮魂、”そう言う何か”を与えられた、のかも。

    という要求が、現場にとって苦痛だった、それは、有り得る訳だが。

    意味が解りません。


    これは、説明するだけ無意味さが加速する訳だが。
    ともかく今のSEGAは?「仕事」を辞めてしまっていて。
    何かの無念さ、昭和天皇の?その理想…を期待する”何か”だけが有って。

    そして、今はもう、「それは無理です」我々は榛名ではありません、それもまた、正しく。

    それでもまだ、昭和はたった30年前、だ。

    「今まで通り」それは今もまだ、重い。

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