それは確かに昔の話
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

それは確かに昔の話

2019-02-09 07:37

    自分の理解として、古い王は側室を必要とした。

    妻一人だけだと、どうしても理解や判断に、生体的な偏りが発生するからだ。

    その時、「妻も大事だけど」と言う存在が居ると、判断は天秤せざるを得なくなる。
    そこに、”平等に逃げ込む”感覚が発生する訳で、そしてそこに神が居て?それは平和的な治世を求め、それは結果、民にとって喜びに成る。

    感覚として、金剛型4姉妹のイメージが、昭和天皇にとっての「そう言う存在」に繋がっていた…そう言うのは、有る。

    ”それ”をもうちょっと膨らませたのが「ガンダム」その認証ではあり、しかし。
    ガンダムでさえ「これは”誰”?」が発生する時、現場には痛みさえ伴う混沌が有ったのかも。

    「君らはその場で命を賭けて国を護るのが仕事だろうが」


    それがSEGAにとって苦痛だった、それは多分、間違ってない気もする。


    この辺の思索の意識的な帰結?として、最近SEGAは、「たい焼き屋」を始めている。
    そう言えば、創業者その他?は多く、大阪人ではある。
    単に、”そこが儲かるから”それをしていただけ、で。
    意識その物は、たい焼きを売って生活してる、そこなのかもしれない。

    SEGAとは、「たい焼き屋」が或いは、その自社製品を売る為に、テレビゲームを創ってる、そんな会社なのだ。
    何だか妙な、天皇陛下の側室の一人、みたいな?妙な格式とブランドの要求…それは実際には、その肌に合わなかった、と言う事かもしれない。


    とは言う物の、平成初期のゲームセンター、そこには望郷は残る。
    「誰か?」それはそれとして、需要は有り、別の存在が要求されるのかもしれない。

    ともかくもう「それは、SEGAでは無い」訳だ。
    ゲームセンターの維持運営は、それを守護する存在は、別の何かに求めるしかない訳だ。

    そこに至るには、まだちょっと、抵抗は有るのかもしれない。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。