一つの意味と神の意思
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一つの意味と神の意思

2019-03-06 16:23

    一つだけ、意味はある。

    将棋の、その「必勝のAIアルゴリズム」それが「大衆は神である」その理解の結果として有る、のなら?
    少なくとも将棋、或いはテーブルゲーム、その世界において、「大衆は神である」それを超える物は存在しない、訳だ。
    この世界、その最強、神、それは「大衆は神である」この思想と言う事には、なる。

    この分野において、それが何を意味するのか?は、不透明だ。

    ともかく新聞社、マスコミそれはかなり”こういう分野”に何かのカリスマを求める。
    その時、彼らが或いはこの世界での最強に依存しているのなら。
    彼らもまた、「大衆は神である」この思想に支配される、訳だ。

    マスコミに対して、今までも、重い否定感はある。
    思想的な偏り、偏向報道、そう言うのが非常に、苦になっていた。
    情報を制する者が世界を制す!それは、確かにそう言う面はあって。
    その時、マスコミは分不相応な権力を手に入れていた、のかも。

    この時、彼らが将棋の必勝法、そう言うのに”何かの意味”を持つのなら。
    「大衆は神である」その思想により発生したアルゴリズムに屈する時、その倫理観もまた、その神に支配される、なら。それは意味がある、少なくとも自身の期待し得る倫理が、マスコミを支配する、訳だ。それは、個人的には好ましい、そんな環境への変化とは言える。

    そしてまた、「将棋の意味とは?」そう言うのを考え直す、そんな機会ではある。
    ともかく現在の将棋、その公式戦は、素人目にか、?な部分は多々ある。そこで勝つ事に何の意味があるのか、あまり公示されてこなかった。ともかく公式戦のルールを設定した人にとって、その結果は大きな意味が有った訳だが。

    「ヒカルの碁」アレはでも、要するに”単なるズル”ではある。

    ”そう言う物”を肯定してきた今までとは、いったい何だったのか。

    何かの結果を視たかったのだろうか、神様は。


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