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ナショナリズムを考える一人
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ナショナリズムを考える一人

2019-03-10 17:02

    「それはナショナリズムじゃないのか?」

    と言うのは、不意に考えたりはする。

    天皇陛下、その理念があり、それを具現化するべく政府があり首相が居る。その示す公約、環境、それの具現を目指し、国民は各自、期待し得る仕事に励まねばならない。

    …と言う先に、あの太平洋戦争が有った、それは間違いも、無い。

    現在の変化としては、「大賀さん」紛争解決機構の存在を置き、戦争はそこでやった事にしてしまう事にして、実際には物理的な戦争をしない、と言う帰結だ、ガンダムの理念。

    「戦争の無い、平和で豊かな世界を。二度と戦争はご免だ」

    昭和天皇が示した理想は今もまだ継続中で、日本に置いて「評価」それは良くも悪くも、”それ”を起点に発生する。AKB48が「良い」のは或いは、ジャニーズ事務所系の理想、「PUBGでの高度な連携とそれを具現化するスキル」そう言うのを、女性にも適用していて、それに同意し成果を出している所…そう言う面は、ある。国家を”巨大な会社”と見れば、各自、男女問わず、”同じ”理念の下で期待される結果を出している、と言うのは、好ましい訳だが。

    そーかな(;'∀')。

    昭和の頃、”これ”をテレビで語ったのが結局は、「ビートたけし」氏ではある、赤信号、みんなで渡れば怖くない。「をいっ」と言うツッコミ待ちそれは、或いはそう言う”ナショナリズムへの警鐘”ではあり、昭和天皇の意向にしろ、”それ”は意見として重要だった、筈だ。

    …しかし、それを今、「大賀さん」に向けるべきか、否か。

    結局、何かのビートたけし氏、その凋落?的なニュアンスは、ここには実際、ある。結論で、「大賀さん」に喧嘩を売ってしまう。救急車を私用で呼ぶ人が多くて困ってる、と言う話の時につい、「その”救急車を呼んで良いかを聞く番号”を入力してるウチに死んでたら笑えるな」とか言ってしまう、感性。”漫才の最中なら”大笑いしても良いが、ふと気づくと、不謹慎この上ない。「場に相応しくない」のだけど、それが今、「偉い人」として、そこに居るのだ。

    「例外」の様な、そんな。

    これを、「実際には統一された方向性を見せたい」舞台その他の環境でやられたら?何だか、めちゃくちゃに成ってしまうのではあるまいか。しかし、それを封じられたらもう、ビートたけし氏は単なる「厄介なおっさん」に過ぎないのだ。アンチテーゼ、それは常に大事だが、その辺に対して主観的にだ、高度な「程度」さじ加減を見せてる…様にも見えないしかし?それはその場でないと、解らない。

    ふと考えると、今のテレビ番組にしろ、或いはバイトテロにしろ?似たような方向性ではあるまいか。国家として?ともかく”何か”の群体が統一的な方向性を持とうとする時、そこに発生する脅威、異論。意味は無くても、それはそこに居る。

    意味の無いテレビ番組、それはやっぱりいっぱい、ある。
    それらを創っている彼らを、「場に相応しくない」として排除する、そこに問題も感じる。
    しかし、結婚式で新郎の女性遍歴を語り出す様な、そう言う致命傷を放置して良いか否か。

    反逆者、或いは魔物、そんな”何か”が、現実にもそこに居る訳だけど。

    テレビにビートたけしが出ている、それは、「それがある」事の、もちろんその表示ではあるのだけど。

    自分にとっても、それは何かの壁か、問題ではある。

    単に、ブレーキ、”そう言うニュアンスだ”と思うべきなのだろうか?


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