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小さな箱の中にある世界
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小さな箱の中にある世界

2019-03-17 07:59

    それは、価値感の問題だ。

    DOS/V、このコンセプトは「コンピュータのメインフレームを独占出来たら凄いよね」その具現で有って。
    実際には…技術者にとっての”単なる玩具”だった。昔、コンピュータとは研究室にて、数十人が共有して使う物だった。結局、一人が出来る事はその本来のキャパシティの1/100にも及ばない。全て使えたらどんなに!その衝動を、この規格は”形式上は”満たす事が出来た、訳だが。

    感覚では、それ以上が、無い。

    そして多くの人々にとって、それ以上の必要性は無かった。

    良くある漫画だ、技術者がその探求心を暴走させて危険な物を創ってしまう、その悪夢や邪な、危険な衝動が、「その機械の中なら具現化し得る」訳だ。そして、それは”それ以上”には、成らない。危険衝動の捨て場として、これは神に求められ、今では世界の基幹にさえ成長した。”これ”は護らねばならない、でなければ、その邪なる衝動は世界に放たれてしまう。

    しかし、この結果として、感覚の分岐が発生してしまう。

    「これは、何故現実に成らないの?」

    そこに構築されるのは?”危険衝動だけじゃない”のだ。時には、何かの理想、期待し得る結果、そう言うのも、描ける。そう言うのを見ると、人としては具現化したくなる訳だが、それをこの構造は否定する、ここに有るのは全てが夢だ、仮想現実、それ以上では無い。

    「むしろ、”現実が”この絵の様であるべきでは」

    その感覚はやがて、現実を超えようとしてしまう事になる。「夢だ」と理解しつつ、実現可能性を探る、ならまだ良い。「”ここ”で良いのでは」良くある、異世界へ行きたいそんな衝動を、それは発露し始める。理想が現実に成った環境、それは創れる、そこで暮らそう、そうすれば現世の苦は、全て消え去る。MMORPGは実際、或いはそんな衝動の結果としてある。

    …結局、「カウンタ制御」は、”その具現を目指す”、実はそんな気も、する。
    世界はウルティマオンラインの様に、安定して管理された世界で良いのでは。

    この理解は実際、「美鶴さんの長い妄想」この結果でもある。非常に極論化すると、「現実を自身の理想で染めてしまう」過去は全て夢にして、現世を再構成し、”その結果として”描く「新たな現実」それを、そこに、”現実に”現す。創った奴は、そこまで考えてないのだ。単に確かに、現実否定とそれを打開する”その先”ではある。当時、求められるモノがあり、それを創って。

    そして、それは「現実から否定された」訳だが。

    自分は、何かの納得はした。DOS/Vを設計したか、そこに居た人々もそうだろう。しかし?カウンタ制御をしてる人々は「納得してない」訳だ。自身らが描く「期待される現実の姿」へ世界を変える、それの、何が悪いのか?

    ともかくじゃないと、”この環境で”創った何もかもは、単なる夢でしかない。

    「ストリードの連携」それは結論で、「試行する場所」として、コンピュータの世界に何かの価値を求める訳だが。ともかくやってみる、結果を見て、「神様」のフィルタを通し、”それ”を適用するか否か?を決める。それは悪い、それは良い。確かに当時の多くの欠落だ、DOS/Vに「倫理」それは設定されてなかったのだ、それはもっと、”上の方の人間”が決める事の”何か”だった。しかし、DOS/Vに、コンピュータにとっては「人間の上下」と言うのは、理解出来ない物だった訳で、それはそのままでは、適用されなくなってしまった。

    ”雅”市場、と言う理解は、一応だからこそ必要にはなり、そして、DOS/Vの基礎構造に対しても実際には、「何かの増設が求められる事には成った」訳だが。

    ウルティマオンラインは、既に25年も続いている、らしい。
    この世界で積み上げた全ては一体、何だったのか?

    それを、呟き続けているのだろうか。


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