とあるテレビの前で
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とあるテレビの前で

2019-04-18 09:52

    テレビはテレビで、ガタガタではある。

    「役立たず」その批判を特権階級から否定する位しか、出来る事が無い。

    その上でも、それはテレビの要求かもしれないがしかし。
    結果として有るのは、あの朝鮮王朝の末裔、その存在ではある。

    「貴方のレベルは100です」現状での最上位です。

    この時、レベル10以下は雑魚以前の問題だ…既にいらない人。

    意識の問題ではあるが、金額換算されるとそれは明確に成る。収入が”10倍は違う”のだ。それは既に、物理的に超えられる数値では無い。その時、或いは夫婦間には、何かの亀裂の様な物は発生する。

    この換金が無いなら、”それ”はそこに無いのに、だ。

    道理として問題があるか?と言うと、そうでも無い。
    もちろん、あくまでも人間が判断する上では、だが。

    「大衆は神である」同一の基準を持つ”それ”にとって高いスコアを得れば良いし?それはその「大衆は神である」その視点からなら、最下層でも同じ条件が提示されている。ゲームシステム的に、頑張れば何とかなる、神様は見ているモノだ、RPGと同じ、まずは地道に経験値を稼いで、と言う正論は有るのだが。

    …しかし、家に帰って家の掃除をしていた人は、そう言うのが上がる機会は、有るのだろうか。

    「必要なの?」

    いらない気がする。

    ともかく、或いは経済的危機を前に、意見が対立する時。レベル100の夫に対して、レベル1の妻は反論が許されない。結果、レベル100の暴走につき合わされる事に成る訳だし、その先の不幸な断絶もある。今の状況?なら、「働け」それはレベル1だろうがレベル100だろうが”同じ”である。ここでは、レベル100に対してレベル1が勝利する、それは有りえるのだ。

    どっち?

    …しかし、自身の今の状況は、「とは言う物の」そう言う不満を多少、残しはする訳だが。

    今までずっと、自身の信仰する「大衆」と言う神様は、自分を”この”立場に置き続けた。どれだけ偉大な、ぶっちゃけ世界を救った偉人に対して、「仕事して下さい」それに負ける現実。「ストリードの連携」も、結局はそう言う倫理観から発生した物で、今の状況で独裁創作それは、あくまでも「プロに成る前の成果報酬」に過ぎないのだ、偉い偉い、御駄賃上げよう。勉強してレベルアップすれば、誉められるし玩具も買って貰える。しかし、或いはレベル100に到達したら?それはもう卒業であり…後には実戦が待っている。

    今の自分の状況で言うと、その状態で「オーダーが無い」事が問題だが。

    ビートたけし氏もぼやいていたし、実感的な物もあるが。或いはSEGAの社長に埼玉の奥地にゲーセンを出店してとか、意味が解らない。「そんな危険な事は出来ない」とか、その前に、そこに繋がるルートは意識として、切れている。

    下の存在は、上の存在を使う事は出来ないのだ。

    そう、確かにそうだ。漫画やアニメ、娯楽で語られる理想、結果など、夢物語に過ぎないのである。シニア世代は、そう言う時代の中で、その「問題を持たない障壁」と化して行った訳だが。

    時代が変わる。

    その感覚も、やがては変わるのだろうか?


    それは仕事か否か、重大な問題。


    出張動画版を形成するのにトータルで約4時間。
    このブロマガを動画にするのに更に2時間くらい。

    「仕事さえしてれば良い」ってのは、こういう場合にも適用し得るモノか(-_-;)。
    自身の主義主張がなんか重い。

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