平成に有った事
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平成に有った事

2019-05-01 11:59

    自分の状況としては今も尚、”利用されてるだけ”だ。

    平成初期から、「黄昏の狩人」それをパクられて、その結果で、中華思想の皇帝、それから「お前の席ねーから」と言う牢獄に入れられたまま、ずーっと。
    それをした皇帝らは、その「黄昏の狩人」を利用し、エヴァンゲリオンだけじゃなく、インターネットとかを創って、時の人に成っていく。
    その結果、あげちうはその”秘密の土台”として、密かに隠蔽され続けた訳だ。
    愚かにもその頃、自分は彼らの、支持者でさえあったのだけど。

    そしてそれは、令和になった今も、継続中であって。

    最大の問題は、自身の信仰する「大衆は神である」その神は、その事態に対して一種”放置してる”事だ。
    決してあげちうを助けよう、と言う感じには、成ってない。
    そして、結論でそれは今も、だ。ストリードを出しても、その成果が報じられる事も、対価が反映する事も、無い。
    そして、自身の状況も、微妙に或いは、緩やかに真綿で首を絞める様に悪化中、ではある。

    神様はどうした?

    それは、大いなる疑問ではある。


    問題は、重い。

    アメリカは太平洋戦争で勝ったのだ、原爆の使用は正当な権利だ、力こそ正義!その果てに有るのが水爆である、アインシュタインは正しい。

    ”これ”に今も、感覚としては反論し得る立場?には、無い。
    「それは良くない」と解っていても、だ。戦争への否定感は逆に、相手の言い分を後ろで支えている。

    ”それ”が事ある毎に、利益性を!目指す作品の傍に現れて、結論ではその意向を抑止出来ずに、作品は壊れてしまう。

    ある意味で、正義かもしれない。昭和はアメリカ正義で過ぎた、平成も変わらないが、重大な経済危機を前に、「アメリカの威信を!」ブランドを下げる訳に行かない!的な理解は、非道徳的な方法論をも肯定してしまって、今のあげちうの事態は、「その一つの事例に過ぎない」訳で。「アメリカを超える訳には行かない」訳だ、あらゆる何かが。そしてそれは昭和天皇さえ認めていた意識でもある。インターネットにもやがて、トラフィックの増大による破綻、と言う問題が発生し、それは「大ヒット!」と言う物に強い抵抗感を見せる時、結論では”それ”が或いは、「独裁創作は売れない」その壁を創ってしまった。

    そして、”その”土台にされたのが、「黄昏の狩人」ではあって。
    責任は、その作者へ向いて、それもまた、何かの破綻へと…至る訳だけど。


    様々な状況の中で、集中する「責任」それは逆に、打開への糸口にも成っては行くのだが。
    その問題を打開し得るに必要なのは、インターネットの環境と、PC一台で良かった。
    良くも悪くも自身の、平成の後期は、それに費やされた。

    ともかくまあ、経済的破綻、戦争の危機、根本的な何か、その打開は”雅”市場、ストリードの連携、大賀さん、これらの構築により上手く行った…様な気は、するが。その間にイスラム国も発生し、その都市は悲痛と共に、廃墟と化してしまった。

    「やっぱり」と言うか、”彼ら”はまだ、存在しているのだ。

    そしてそれは、「アメリカを護らねば!」或いはそんな理由を実際には背にしているのだ。

    しかし最大の問題はそれを他人に語っても意味がない上に、周囲は普通のリア充と化していくのに、自身はそうなっていない事だ。


    神様は、どうした?

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