それがそれである理由
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

それがそれである理由

2019-05-11 09:52

    それは、希望的観測かもしれない。

    ともかく対戦ゲームとは、一種「核融合を繰り返している」そんな光景なのかもしれない。
    ”そこ”には、エネルギーが発生する、訳だ。
    それは、微々たるとしても、経済を活性化する、太陽の様に。

    「適当に」それを推奨し、安定させるそれは、大事な話なのだ、と。


    核融合の理屈としては、つまり、二つの分子を衝突させると、結論で衝突した二つは消え、「新たな二つ」が発生し、「一つ分のエネルギー」が解放される、と言う、質量/エネルギー保存の法則を無視した様な現象の事ではあり。結局は「減らないまま、エネルギー”だけ”が解放され続ける」事で、概念としては永久機関に成っている、訳だ。

    宇宙が発生した理由が、”ここ”に、しかし最も重要な「太陽の存在理由」として何故か残っている…そう言う感じだろうか。

    それは一応は、道理として成り立ちはする。

    結論で、「等価な二択」に答えは無い。その先には相対性理論で言う「観察者」が居ない、つまり存在しない。そこを上限とする時、そこには0へ向かう消失のエネルギーが無限に発生し、それは同時に、無限の発生を、世界に容認する事に成る、±を0にしなければ存在し続ける事は出来ないから、だ。ブラックホールの存在は、しかし物質全てに発生する「重力」そのパワーの源でさえ有って。その時、発生と消失には、通常の物理を無視した現象が容認される。


    この現象が、経済的に何処に発生するか?だ。
    要するに等価な二つをぶつけて、”その結果”を創る場所、だが。

    つまり、「スポーツ」とかではある。競技性の高い、何か。
    この領域が、「平等」それを重視するのは、”だから”だ。
    意味を考えると、それは社会を発展させる、礎でさえある。
    故に、物理法則に匹敵するような、「ルールの厳密さ」それは必至だ。

    問題に成るのは、アナログ式では、この前の審判の様に、不正が直ぐに発生する事だ。
    理解し厳密さを重視しても、それはどうしても介入、時に大きな問題に成ったりする。

    と言う訳で、そう言うのが無い「テレビゲーム」それは、重大な産業、と言う事には成っていく、訳だ。

    「対戦競技」それは、”そこ”に創造を持ち込み、エネルギーだけを発生させ続ける。
    これを継続し続ける、それだけでも社会や経済にとって意味は有る訳だが、しかし。
    ここに不正、「勝てなければ意味が無い」それを持ち込み始めると?崩れていく。

    負けの容認を、「楽しめ」とは、言えないのだけど。
    それは少なくとも、社会には必要な物として、そこにはある。

    ”仕事をしている”様な物、だ。世界を経済的に支えん、そう言う事をしてる。その時、そこには対価として「楽しい」活力、そう言うのが発生する。高校野球の意味や、地方で行われる草野球の意味、それは微々たるとしても社会貢献性への表れ。ゲームセンターなら、そこに100円を投入しても損をした気に成らない、そう言う感覚の原理、しかし。

    …とは言え八百長の様なゲームを楽しんでも、それは何の意味もない訳で。


    こんな所にも、或いはアメリカの妄執、その影だろうか。
    負ける可能性に対して、全否定がそこに有る。

    「ゲームを楽しむ」と言うそれは、難しいのだけど。


    と言う訳で、また。

    大事な事は言っているが要するに、趣味への文句に対して必死に抵抗してる様でしかないのが切ない。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。