良い窓と悪い窓についての見解
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良い窓と悪い窓についての見解

2019-05-17 09:47

    それは多少、大事な話ではある。

    Windows7or10と、Windows8の何が違うか?と言うと、やっぱり根本的なコンセプトだ。

    Windows7も10も、基本的にはデスクトップ画面で、全部やろうとしている。
    しかしWindows8は、「デスクトップアプリ」と「モダンアプリ」そこには明らかな境目が有る。

    後者は、自身の言う「個と多の境界線」を創っている訳だ。
    デスクトップアプリが「多」であり、モダンアプリが「個」である。
    デスクトップアプリは、スクリーンに複数のアプリが動くが、モダンアプリは一つのスクリーンには一つのアプリ、だ。
    ”それ”が「高度に共存している」と言う点で、Windows8が発生する「倫理」それは、男女に平等かつ公平な環境を提供せん、それを趣旨とする訳だ。

    そして、個と多の共存それは、文化や社会、その”全て”に対して影響を及ぼす訳で。

    「社会は、どうあるべきか?」

    それに対してかなり高度な理想を、実は提示している訳だけど。


    Windows7とか10は、その理想に対して、何かのアンチテーゼかその結果の様に、「全部同じ」にしてしまっている訳だが。この環境には「性差」が無い訳だ。それがいかに効率的か?とか語られても、人間にとっては歪かつ、グロテスクな悪夢にしか見えない。

    この理解では、Windows10が如何に云々言われても、そっちへ行こうと言う気にはなれない訳だが。

    …とはいえ、DOS/Vの基本理念ではある。

    「共産主義は良くない」機械として優秀なだけだ、と言う意識を重視し発露する時、或いは微妙にWindows10、その方向にこそ正義を見る、事には成る訳だが。

    人間が居る環境で有る必要はない、機械としての優秀性、その追及。
    しかし、それはDOS/Vのハードその物が抱えるボトルネックを、余計に刺激してしまう。
    結末としては、それはDOS/Vを破壊しようとする、訳だ。

    個人的には、行き過ぎた理解だ、とは思う。或いは、様々な思惑の結果でしかないのかも。プラスとマイナスは、物理的にも存在するのだ、性差、そう言う境目はある。Windows10の理解では、それさえ失い”全てが同じ”と言う環境こそを理想!みたいにしてしまっていて、それは物理を超えた世界を!目指しているのかもしれないが、要するに実はもう、「ブラックホールの中」なのでは。

    勝たんとする果てに、戦う前から本来は負けている状態で、しかし。「観察者の誤解」それは彼らに、「負けた」その事実を伝えない。何も変わっていない、単にそこは性差の無い世界に変わっただけだ?

    アメリカは?ともかく今のMS社は、”それ”を目指し、突き進んでいるのだ。

    PCが売れなくなっても、それは一種、道理ではある。


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