美しい絵と美しくない現実
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美しい絵と美しくない現実

2019-07-20 06:54

    今の、”ここ”の理解だ。

    京都アニメーション発の、「現実を変えよう」世の中はもっと美しくできる!とかそう言うパワーは広がって、その主観による「美しくない存在」を排斥するパワーを、世間へ求めた。

    その果てに、結論で今回の放火犯は世界を追われた、”美しくないから”だ。居られる「余所の世界」を目指すが、何故か無いまま、それはやがて終端に達し、そこに悪魔が待っていた。
    痴呆症に陥った人が、家族の心の隙を突く感じで家を出てしまう様な感じで、不思議な”隙”がそこに発生し、彼はそこをくぐり、その犯行に及んだ。

    或いは、原因に成った数十名を道ずれに、京都アニメーションは大火に見舞われた。


    納得できるだろうか。

    その、世界の90%、特に共産圏なんかは求めただろう、美しくない物が居ない世界、それを目指さんとした果ての結末としては…これは、あまりではあるまいか。世の中はおかしい、何も悪い事をしてない、ただ純粋なだけの人々が、こんな理不尽な。こんな人間のクズに失い難い文化と技術と共に殺される、こんな世界は、変えていかねばならない。

    彼らは或いは再び、世界を変える為の戦いを再開するのだろうか。


    タイムリーかもしれない。

    「その少女を一人救えば、世の中の環境は更に悪く成るけど、それでもその少女を救うのか?」

    生贄を出して幸せを創る様な社会なら、いっそ滅んでしまった方が良い、と言うのは、理屈の上では、正論ではある。そして世の文明もまた、そうやって実際は滅んでいくのだ。「天気の子」その伝え聞くプロットとしては、そう言う事を言う訳だけど。

    その「生贄の少女」それが、実際は今回の放火犯ではある。

    「大賀さん」が有る、時。それが最上位なのだけど。しかし、”彼”は今も、自分をこのままにし続けるし、そして、何かのストレスの後は結局、”こういう”話になる。その向こうに居る壁は、「大賀さん」それが提示する理想、それを拒絶し、自身の夢を優先する。その果てに、如何に今回の被害が出るとしても、だ。「解る」筈でも、彼らは部下数十名の命より、自身の衝動、理想、そっちを優先するし、出来る。自身が前に進まんとすれば、「彼らとの戦争に入る」のだ。その時、周囲へ始まる物を想像する時、選択として正しいのは?

    自分は止まるが、彼らは止まらないのだ。
    そして歪んだ世界を正すまで、或いは彼らの戦いは終わらないのだ、何人死のうとも、だ。
    「カルト」それは実際は、こう言う物かもしれず、そしてそれはでも、世界中からの、首脳レベルでの支持を受けていたのだ。

    世界は、今も、何かが覆っているのかもしれない。

    世界を、美しく変えようと言う。


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