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コンビニに売ってない商品の在り処
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コンビニに売ってない商品の在り処

2019-09-09 07:32

    ちょっと頼りない。

    セブンイレブンが、そのオーダーが「本来は駄菓子屋で良かった」のなら。
    そして、”それ”が今でも、何かの過失として残っている、のなら。
    今?”その意向”を満たしてるのが「かむろぎ」だとしたら、セブンイレブンは、いやコンビニは、”それ”を邪魔しちゃいけないのでは。

    それが償い、的な?


    って言う帰結に成るんだろうか。

    「コンビニはコンビニとして認めるよ、でも求めた物は違うんだよ」

    それは、コンビニ業界にとっては過失の壁に成り、それ以上は進めない。その先に行けるのは”その”要求を満たしてる「かむろぎ」だけだ…とか、そう言う。


    もちろん、コンビニが始まった当時、昭和天皇にしろ求めたのは「商店街の発展」小売店の利益供与、そっちだとは思う。しかし、当時も問題に成っていた、「大手が異様な価格攻勢に出て、付近の小売店を踏み潰してから値上げする」と言う様なやり方は、良くも悪くも横行していて。晩年でもある、色々なパワーの結果、コンビニは小売店を護るどころか排斥を、より強める方向にしか成らなかった。シャッター街は広がり、しかしベクトルは変わらないまま、そして昭和が終り、平成が始まった途端、経済は、壊滅的な悪化を始めてしまった。

    ここにきて、責任を問われてる、そう言うのはあり、「皇帝の弟子」その暴走、或いは醜態、それは、或いはその象徴的事案、そう言う面はあるのかもしれない。

    勝つか負けるか?で言えば、コンビニは”負ける側”だ。
    ただ、それは”この”道理としての正解、「一番納得を得られる」選択ではある。

    コンビニは今までの過失を背負い、負け、或いは「かむろぎ」それに道を譲る、訳だ。

    …コンビニ側の、誰が”これ”に納得するのだろう(-_-;)。
    とは言うが、そのブラックレベルは、結構無視出来なくなりつつある、のか。

    コンビニの、「独善的に囲い込む」的な方向性は、切り捨てを容認するシステムは、期待される利益性に通じなくなっていて。
    とは言え、全く駄菓子屋の玩具の様に、「子供にこれを与えるのか?」的なモノが、平気で店頭に並んでいる…その光景の是非でもある、売れれば良いのか。


    対立の結果は、果たして。


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