無念と無情の壁
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

無念と無情の壁

2019-09-14 12:34

    無念の様なモノはまだ、ある。

    結局、如何に努力しても一夫一婦を絶対とする限り、既に妻が居る相手との結婚、それは”基本的には”有り得ないのだ。

    そしてそれは、その思いを寄せる相手の主義主張、”そこ”に、原因があって。
    その絵を素晴らしい、と言うなら、”それ”はその矛盾を抱える事になる。

    相手に、或いは岡本太郎とかの権威性があるなら、”それ”を否定する事は出来ない。
    特に、昭和に関しては、その矛盾が強くある。独裁創作が利益に成らない事に、強い疑問と否定感、そして打開への強い欲求があって。

    ”それ”が上の悲劇を招いてしまい、そしてそれはまだ、しこりの様に残っている。


    ”その”解釈は、打開と言えるのか。

    目上を敬え。

    その時、最上位の年長者、目上、それは何か?と言えば”物理”だ。
    人類とは、それが百億年以上を費やし構築した、この現実の上に居るだけの存在だ。
    ”それ”が、その百数十億年、と言う月日を無視して、自身の理想を要求?それは道理に合わない。

    「神様がそう決めたのだから、諦めるしかない」

    独裁創作、それは利益に成らないのだ。

    ピカソだろうと岡本太郎であろうと、”それ”は超えられない壁だ。

    神の決定である。

    その夢は、潰えたのだ。


    岡本太郎へ、「貴方の絵は、お金には成らなかった」それを言う。

    その先とは。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。