悲願に咲く曼珠沙華
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悲願に咲く曼珠沙華

2019-10-04 08:27

    まだ続く。

    例の「曼珠沙華」、”歌その物は”土台を変える事で問題は無くなるが、この歌の本体は正直「PV」の方に有って…そこに描かれた混沌はそのまま残っている。

    まず、ヒロイン的なイメージが、実は人妻をモデルにしている。
    しかし?歌としてそれに言い寄る男、それは、その夫では無い。
    「誰?」
    結果、「良い」が発生する時、”ここ”に余計な混沌が発生する。

    なんで?と言うと、歌が実際には「ラストダンス」そこに”被せ”ているから、だ。
    主観変換、写真は山ですが、海として描いてます、そう言う主観に因る情景の変化。
    「ラストダンス」は、夢を諦め?家族の為に働く夫への気遣いだが、「曼珠沙華」は、衰退するその場に居る女性の為に、その世界へ進もうとする男、と言う視点はあって。

    …しかし、後者の「男」は、前者の夫では無い訳だ。作者の期待?か勝手な推測に過ぎず、実際にはラストダンスに、そのキャラは描かれてない。

    「誰?」

    ”被せ”る限り、土台から逸脱する部分はダメ出しされる。しかし。

    とにかく独裁的な創作は利益が出ない時、平成で”被せ”それは唯一の道だったが。
    「人の作品に勝手に乗っかるな」と言う事に気づかれ始めてから、利益が出にくくなった。
    なので、被せはどんどんと巧妙化?していったからか、この作者がヘタだったから、か。作者の主観で違う話に成っちゃってる訳で。

    と言う時、「誰が悪いのか?」と言う事に成る。
    もちろん作者なのだが、この場合、歌の作者その物は、どうも補正を入れている。
    しかし?PVの方は、補正しようにも”絵として描かれてしまっている”のだ。
    少なくとも、このキャラを「FGOの清姫」と言うには、かなり違和感がある。
    松田聖子の写真を出して「工藤由貴です」とか言う訳には行かないのであって。

    「誰?」

    或いは絵師も、このヒロインが誰かを知らないのかもしれない。
    単に、PVのディレクターからオーダーされたキャラを描いただけだ。
    そしてしかも、PVのオーダーにしろ、「曼珠沙華」が被せと言う理解は無いかも。

    問題だとして、責任は誰に有るんだ?


    現状、理不尽と言うか…「絵師に」責任が集中している。
    しかし絵師としては「じゃあ誰?」に対して、返答を持たない。
    言われたキャラを描いただけだ。

    そしてその「歪んだ絵」その物を好ましいと言う一部の嗜好も、もちろんそこに有って。
    問題はその「昭和の女流作家」その辺までも巻き込んで広がってしまう。

    ともかくまあ、通例的には、「責任者は責任を取る為に居る」結果、PVのディレクターが悪い、と言う事かもしれないが。
    ディレクターは、PVの絵師に責任を向け、そこに悲痛が有る訳だ。
    「ラストダンス」の方にはストリードがあり、故に、”そこ”での問題は起きないのだけど。
    関連する題材ゆえか、どうにも混沌が夢魔に成ってくる。

    誰だこの歌を企画した奴は(;´Д`)。


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