とある女性像とその後
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とある女性像とその後

2019-11-07 13:26

    ちょっと視点では、不毛な光景だ。

    ある男性の、その目の前にある女性像は、”貴方の鏡面”である。鏡に映した自分。
    「その女性が」喜ぶだろう絵を描く。”相手が”それに対して喜べば?それは価値がある。

    オタクがギャルゲーを前に、画面に映るキャラへ贈り物をして、相手が喜んでる?様な光景ではある。

    この時、彼は「外」の世界へ何かを”販売”する事が出来た訳だ、”その先”はそのお礼として有る。

    馬鹿じゃないの?

    切ないorz。

    ともかく「萌え絵」それは、”この”考え方に対しては、かなり上手く合致していて…”それ”を上手く利用した作品に、適当な商品価値、”それ”を与えている、訳だが。

    この事実?と、その光景に対して「馬鹿じゃないの?」その反応と、どっちが正しいだろう?

    それは今も、世代はともかく面倒な、或いは男性的理解、ではある。

    当時も今も、”これ”を女性に理解して貰う事が出来ないでいる、訳だ。
    とは言え、男尊女卑的な状況に理解がある人々は、多くが「萌え絵師」として、何らかの富は得ている?訳だが。

    それが益々、彼らとの対立を激化させてしまった、そう言うのはある。

    この現象?を、物理的に行おう、と言うのが「ストリードの連携」そう言う考え方?な訳だが。絵としては微妙でも、テキストで有ればそこに性別は感じない、だろうと言うのはあり、一応は上手く行っている、気はするしかし。

    その「馬鹿じゃないの?」を言った人々は、その後、極めて重大な過失を犯しているのだ。

    致命的な「排斥」それは、そこに無い、とも言えない。

    「頭の悪い人は黙っててくれないか」

    戦争は、そんな一言から或いは始まったのだけど。

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