希望の無い利益と希望の有る徒労
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希望の無い利益と希望の有る徒労

2019-11-08 07:24

    マクロとミクロは今も、何かの壁の前にはある。


    要するに、「(総体としての)男性と女性が、双方に”同じ事”をすれば利益は発生する」訳だが。男性は女性に、女性は男性に、「価値がある」それを与える事で、相手から”お金”この場合は価値か、それを貰う事が出来る、訳で。

    この「総体として」群体として、と言う感覚は、今も或いは女性には、要求し難い。相手の中には一人しか居ないから、だ。理解としては、自分と夫、その二人の問題でしかない時、男性がそれを言えば、女性は”他の存在を切る”事を要求する事には成る。

    或いはそう言う流れの中で、価値の精製として必要だ、と言う「萌えオタ」に敵意を向ける結果、経済は壊滅し、何かの人生は重篤な破綻に陥り、その責任を問われる。

    別のルートを探すべきか、或いは「女は馬鹿なんだから黙ってろ」そう暴言で切り捨てるべきか。
    或いは、アインシュタインの破綻それは、この”後者の方向から”始まる訳だけど。


    目先の理解としては、「人力発電機」その存在は、或いは大きい。

    自転車のライト、”その”発電効率をかなり高めたそれにより発生する電力を換金する事で、「お金」それは発生する、と言うのは、その絵としては、男女違わず解る話、だ。ともかく電力それは、今の時代は万人に必要な物だ、消費され続けるそれを補う、水の如く供給する事は、大事な話。

    自分は良くも悪くも、”これ”に対しての否定感はあまり、無い。それしかないならそれをするだけだ、が。現在は、様々な理由でこの構造が破壊されている、利用出来ない、事態はある、それが「カウンタ制御」ではあるのだけど。

    「売れない漫画なんかどれだけ描いてもしょうがないでしょ」

    こう言われて、諦めて人力発電機を漕ぐか、それとも目の前の妻を殴り倒すか、それは、夫側の問題ではある。

    感覚?で、前者は病の果てに亡くなった。後者は或いは今も、何かは有っても、テレビには出続けている。

    「ペーネロペーが勝った」グラディウスの方法論は負けた、その前と後では、何かは大きく異なる、のだろうか。

    「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」その悪夢は、出た決着の前で、今もくすぶっている。


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