そこに有る権威ある無能の墓
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そこに有る権威ある無能の墓

2019-11-15 07:20

    それはもう、有る。

    「人力発電機を出せ!」と言う時、しかし物はないか?と言うとまあ、10年も前の企画であり、既にある。しかし。

    それを決定する存在が居ない。

    無能。

    でも”そこ”には今、彼らしか居ないのだ、何故か。

    「表と言う場所が存在しない」のだけど、”その事態”に対する対処法が無い。「その時どうするのか?」そこに記述が無い。何かの法の不備、でさえある。その人”その物”が居ないと成り立たない領域、そこには「同格」と言う存在は”無い”のだ。確か慶応義塾大学もそう、「先生」それは創始の福沢諭吉しか居ない。”彼”の代わりは居ない、のだが。では、彼に聞かねば解らない事は、誰に聞けば?

    この領域それは、実際は…あちこちに有るのでは無かろうか。そして慶応がそうである様に、彼らによって、それは何かの社会的基幹を形成している、訳だ。その時に、今の事態に対して対処するマニュアル、それはそこに存在しない。

    ”彼ら”は、今の事態に対して責任を持てない。
    しかし、彼らにしか、その場の決定権は無いのだ。
    頭を抱えて逃げ出してしまう、だったらまだ良い方かもしれない。
    その場で薄ら笑いを浮かべ始めたら、それは始まった合図だろうか。

    「人力発電機」それはもう、一種の永久機関だ。人間が電力を必要とする限りはメンテナンスされ廻され続け、有り続け、そして無限に電力を供給し続ける。しかし、そこにはアインシュタインの相対性理論があり、「永久は存在しない」妙な断言をそこに置いてしまった訳だが。物質は増えない、エネルギーもだ、あるモノを使い切ったら終わってしまう、そう言うモノだ。

    その割に、太陽の説明は、核融合による自己増殖を想定しないと説明出来ないのだが。そこは相変わらず、何かの混沌の向こうに有る。

    お前、アインシュタインよりも天才なつもり?

    奇妙にそこに有る上下の感覚は、そこで何かの壁を創っていた訳だが。それでも幸いなのだろうか。

    「それはこっちが言いたいのだけど」

    一応、それは今、言えるかもしれない。


    「美鶴さんの長い妄想」、”それ”には500円の価値がある。

    それをフリーで配っているのだから?本人はプレイする人の数だけ、500円硬貨を発生させたに等しい、訳だ。逆に言えば、仕事で有るかの様に”それ”を続ける事で、”その場”には500円が発生し続けると言う事に成る。無限のお金の供給を可能にする?と言う時、それを換金するのはほぼ不可能だが。逆に言えば、”その”お金をどう使うか?は、その作者の任意になる、訳だ。”雅”市場、それはそう言うニュアンスから、そこに有る。

    この巨大な「価値」それに対して、対処法は、以前の環境には無い。

    だから、本来”ここ”の声は、そのままその場の、「新たな法」ではある訳だが。

    結局、その流れで考えれば「ストリード」それは、”それ”を土台にして存在する、供給を約束する構造ではある、あのノーベル賞を形成する、ダイナマイトの特許みたいな感じ。勿論?”これ”を実現する為には、”この”ゲームを遊ぶ必要それは有る訳だが。色々な意味で、「被せ」それは、状況を飽きさせない上では大事な話で、そしてその時、ある程度の換金性、それはそこに有る、と言っても良い訳だが。

    「子供らが”楽しく”ゲームで遊んでいれば、それで社会は成り立ちます」

    権威性の壁は、超えたか否か。


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