無能が眠る墓の前
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無能が眠る墓の前

2019-11-15 08:32

    難しい問題ではある。

    慶応義塾大学が創立された頃、「薪」は或いはまだ、一般的な需要だった。
    台所、その竈で火を起こすその他の為には、”それ”を集めてくる、と言うのはまず”第一の仕事”として存在した。
    そして、或いは福沢諭吉、その理解もその頃に形成された訳だが。

    「薪を集めてこい」

    何処に。

    「そんな仕事はもう、無いんだ!」を、彼が残すマニュアルは想定していない、可能性は多々あって。現場へ、とにかく薪を集めに行け!と命ずるが、集めた”それ”を消費する場所は正直、今はもうゴミ処理施設位しか、ない。いわゆる壊れたカセットテープの様に、”彼ら”は「薪を集めてこい!」を言い続けるし、こちらのその声は通らない、カセットテープなので、反論は受け付けていない、というかそんな機能は無い。

    どうすれば良い?

    想定通りなら、慶応出身のエリートは、ここでフリーズしてしまう。

    ある種恐ろしいのは、この先の対処法が「何処に行っても無い」事だ。論理性と言うか、表現と言うか、そこから現代に合わせての「理解のスライド」つまり働かないと竈に火は付かない訳だ、と言う理解に至る事は、何故か彼らは無い。「と言う事ですよね先生?」を問う相手は、墓の下で既に居ない。そしてその時、彼らもまた。

    返事が無い、まるで屍の様だ。

    この無能。


    …とは言いつつも、その時そこにあるのは、「美鶴さんの長い妄想」それをクリアまで遊ぶ、と言う徒労しかない訳だが。”これ”に説得力が無い、それもまた、ちょっと自覚する一瞬ではある。前出の、「薪を集めろ、つまり働けって事だ」そこを理解する人々でも、”これ”にその徒労を繋げる、と言う感覚は理解出来ない、だろう。だからこそ、人力発電機、それは「薪を運ぶ」それに比する筈だ、これなら解らないか?

    …返事が無い、まるで屍の様だ。

    なんでやねん。


    ちょっと、重大な状況ではある。

    今、大学進学を目指す人々には、「行ってフラグを立てる事は意味があるが、トップを取る様な能力を持ってるなら、行かない方が良い」そう言う進言、だろうか。高校の時点ではまあ、解らないのだが。今、大学に行っても壊れたカセットテープの拡声器になる位しかどうも、オチがない。それだったら、むしろ高校卒業と共に企業でもした方が良い、が。

    それもまた、リアリティの無い話、だ。


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