ネジの中に埋もれたモノ
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ネジの中に埋もれたモノ

2019-11-17 08:13

    無理はある。

    「破産した人からお金は取れない」のだ。

    シニア世代に事実上「人力発電機」それが無い?と言う事は、つまり事実上、”そこ”は破産状態にある、そう言う事ではある。現在の構造を図解するとこんな感じ。



    この時、「多くのシニア世代には人力発電所が無い」ので、お金を求めても入金し得る場所が無い。発電の適当な対価、としては、消費者が300円稼げば創作は二つ買える、と言う程度が”適当”だろうか。「創作は作るだけ増やせる」時、消費者の元には、差額の+100円分が増え続ける、事に成る。もちろん、創作者も発電所も、お金は得続ける訳だ。もちろんこの全体の構造は”存在するだけで”或いは数十円の対価を「消費」し続ける事には成るが。

    「創作者」それは、生産行動に携わるなら「全て」だ。農業も勿論含まれる訳だが、特にカルチャー的な創作は、”作者の労苦以上の消費が少ない”ので、お金を発生させる事を考えた時、大きな意味がある(食糧生産は逆に”むしろ消してしまう”為、経済には最終的にはマイナスに作用する事が多い)。この全体構造が上手く廻る時、この供給量によって経済活動の活性化が変わってくる、訳だが。

    なのに、表の状況として「人力発電所が無い」のだ。

    タイムリーと言うべき、だろうか。松本零士氏が、訪問先のイタリアで急病、と言う話。「銀河鉄道999」で、ネジを生産する惑星、と言うのがあったが。あれで「ネジが一本足らないので999が動かない」と言う話がある。今の状況には”アレ”が欠けている、様な感じ。「必要なネジを創る」事で全体が動く訳だが、しかし多くの読者は思ったろう。

    自分はそんな仕事嫌です。

    昭和の問題ではある、この結果、人力発電所は今もまだ、”閉鎖”状態にある訳だ。良くも悪くも、被災地その他が面倒な状況な時、呑気かともかくイタリア旅行とは優雅ですな、そう言うのは有ったのかもしれない、因果はどう廻ってくるか解らない。昭和の創作、そこに欠けた要素とその責任は、相応の重さはある、筈。

    ともかく幸いか、今の所は大事には至っていない、らしいが。

    とは言え、昭和の頃は、あの漫画を読んで、しかし逆にネジ惑星は閉鎖された訳で。或いは、”そこ”に松本零士氏は居ないから、かもしれない。「俺にはやりたい事があるんだ!」それが優先された結果、構造は大きく歪んでしまった。

    結局、戦争それは、その「俺には!」同士の衝突でしかない訳だが。

    表は結論として、だから破産状態にはある。構造の改定の結果だろうか、一応「人力発電所」それへの否定感も理解としては今はあまり、無い。搾取されるだけじゃないから、だ。今までは、「先生」がネジ惑星でネジを創る事はほぼ有り得なかったが。今は何処か何かで回ってくる、それを否定する時。

    神様は、負債を回収に来るのかもしれない。



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