片翼を失った鳥が視てる
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片翼を失った鳥が視てる

2019-11-24 08:03

    「良い人」が、居る。

    夫婦の愛は絶対だ!として。

    「その”最愛の相手”が居なかったら、その人はどうすれば良いの?」

    ”それ”に同意する人、だ。


    失う事は、実は多々ある。
    病に倒れる、事故に遭う等、想定外の喪失、それは可能性として有る。
    最愛である時、その代わりはもう居ないのだ、片翼を失った状態のまま。
    ”その”前に、その「夫婦の愛は絶対なのです!」的な作品を見せる。

    何かの悲痛でしかない。

    その人々にとって「好ましくない」評価は、或いはでも、全体に影響を及ぼす。
    彼らだけを悲痛にして自分らだけで悦びを甘受するのは、倫理上好ましくないからだ。

    …かくして、「117」それは否定された。

    このゲームを許容するには、その「片翼を失った人々」を、切り捨てねばならない。
    彼らは何も悪い事はしていない、単に様々な理由での、不幸がそこに襲っただけだ。
    それを、”神様”は許さない時、その作品は、売れない。

    実際に、売れなかったのだ、とは思うが。
    ただ、当時「実際には売れなかった」作品は、かなりあって。
    強引に”売れた様に見せてしまう”事が、或いは今も可能な状況の時、”それ”を否定する為には、権力での否定しか無かった…そう言う現実は、ある。

    逆もまた真なり、だろうか?

    ともかく、「良い人々」なら、”それ”は理解出来る、ダメ出しに同意はある。
    しかし、犠牲を容認する様な「悪い人々」は、或いは”それ”に同意しない訳だ。

    ともかく、夫婦間の望ましいエロ、そう言うのは「駄目」らしい。

    要するに「くっころ」とか?そう言う”難しいネタ”の理由、だ。

    最深部に有るのが「夫婦間のエロプレイ」でしかないにしろ、そこに触れる時、不幸も同時にそこに有る。

    留意が必要だ。

    なら、そのネタは避けるしかない。

    悪貨は良貨を駆逐するのだけど。

    それでも、悪貨は悪貨と言う事だろうか。



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