彼岸花が呼んでいる
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彼岸花が呼んでいる

2020-01-15 12:05

    相変わらず、同じ問題が残っている。

    「曼珠沙華」に関わる問題だ。

    この作品が、独裁創作だ、としたらそれは利益に成りません、だし。
    被せている!と言うなら余計が加算されてて皇帝創作に成ってるからダメ、だし。
    何かのクオリティだけで売れるなら、今までの失敗作は存在しないのだ、し。

    残念、と言う、その判定に、反発が微妙に消えない。


    庵野秀明氏は、だろうか。一時は”これ”に成功した結果があったのかもしれない。
    低く見積もっている物が”それ”で有るが故に「捨てている部分」を掘り起こす的な。

    「黄昏の狩人」それは、あくまでも同人サークルの「内部的な繋がり」を持ち続ける、その為の物として、最初は有って。
    だから、”これ”で利益を出そう、と言うつもりは無かった。あくまでも試験的な。

    ”それ”に対して、それを強引に一般市場に、想定の100倍位は重さの有りそうな環境に持ち込んだ、訳だ、「作者の同意を得ず」に。自分らの作品として。

    幸い、と言うべきだったろうか。
    ”これ”は、作者の想定を超えた強度を持っており、”それ”に対して十分なプロ仕様、その能力を見せてしまった。
    ”ここ”を足場にする限りは、従来の様な破綻は起きなかった。エヴァンゲリオンは、今で言う「ストリード」その支援を受ける形で、あのヒットになった訳だが。

    もちろん、その通りである限りは?実際には庵野氏の手柄、では無い、その「黄昏の狩人」その手柄で有って。それが判明したら、庵野氏への評価はかなり低く変わるだろうし。目指した場所へ届く前に、その若い後続が、自分の先へ行く事にもなり。更に認めたら、エヴァンゲリオンの「成功に比する対価」それを要求するかもしれない、訳だ。

    理不尽だ。


    と言う訳で、それとしては自身の方法論、”それ”による同じ様な成功を模索せねばならない訳だが、その一つとしてこの「曼珠沙華」それはある、のかもしれない。

    既存の、「それほどは売れなくても良い」方向に有る高いクオリティに対して、それを利用し、より高い利益を求めようとする。

    面倒な話だ。

    「自分の喫茶店が流行って欲しい」と言う願いは、数十万円程度の上限でしかないが、しかし?願いその物は非常に普遍性がある、訳だ。
    でも、それを全国レベルに拡大したら、あのドトールとかスターバックスとか?「それを目指す!」そう言う話になる訳だ。

    いやいやいやいや。

    「そこまではいらない」のだ、明らかに。

    そして、”それ”で有るからこそ、それは高い魅力も共に、そこに有る、訳で。

    「黄昏の狩人」は、本当に珍しいモノ、だった訳だが。

    宝くじの当選は、一人に対してそんなに頻繁に起きるモノじゃない訳だ。

    ”それ”でしか無かった物に、未来を託する、それは無理がある、しかし。

    「そう言う時代だった」のは確かであり、しかし、それによる不景気で有りそして。

    それはまた、始まろうとして居ないか。


    島根の立て籠もり事件の犯人は、一体何をしたかったのだろう。

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