お金と言うモノが流れてこない
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お金と言うモノが流れてこない

2020-01-22 15:08

    執着がある。

    「お金とは何か?」への、理解の異相だ。

    ”ここ”の理解では、お金とは「価値」それを担保とした引換券の事だが。
    その理解、相対性理論?を土台にした時、或いは”金”の様なモノでしかない。

    「価値」の引換券なら、”価値”を量産すれば、お金も増える事には成る。
    しかし、”金”でしかないなら、掘り出さない限りは、それは発生しない。

    ”金”は物質として存在し、物理的な制約を受ける。
    100Kgあった金は、どう姿を変えようと100Kgだ。
    自分の元に1Kgしかない時?何処かに99Kgが存在する。
    「お金持ち」とはつまり、その99Kg側の事であって。

    世間にお金が無いのは、金持ちがため込んで出さないから、だ。

    ここで、儲かってる、と言う話を聞く。

    その時、「彼は不正をしている」と言う疑念が、その主観では消えない。
    単に儲かってる彼らは、その自分達は知らない略奪方法を知っているに過ぎないのだ。
    ただそれだけの事で、生活や評価にここまで差が出る、これは許し難い。


    それだけまだ、その領域では「アインシュタインとあげちう、どっちが上だと思ってんの?」の答えが固定されている、と言う事ではあるが。

    その時、そこに会話がある。

    「私はガチャで数万円を失った!しかし、取り返す手段がある筈だ!」
    「仕事に行きなさい」
    「この差は何だ!?」


    物理的現象として、「相対性理論」は利益性には見放されてる、と思った方が良いが。
    それでも、”ここ”に居る限り、金持ちを、或いは成功者を常に敵と見る事は出来る。
    どれだけ惨めな状態でも、意識は正義の中に居られる訳だ。
    そして、金持ちへの復讐、それに情熱を燃やす事が出来る、正義の鉄槌を!

    剣呑が残っている。

    道理なのだろうか。


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