犯人探しは何処まで続く
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犯人探しは何処まで続く

2020-02-11 12:29

    「誰が悪いんだ」

    ハッキリとは今も解らないが、”何となく”が通る部分はある。

    平成の間、日本と言う国家?は、「新世紀エヴァンゲリオン」”これ”を土台にしてしまったのだ。
    その結果、この作品の何かの失点が、そのまま世界全体を覆ってしまった。

    愚かというべき、だろうか。
    そこは謎だ。
    日本と言う世界のリアリティ、「今まで」と言うのも重い。
    戦前、日本が敵にしていたのは「王の権威」だったのだ。
    ”それ”と戦って負けたが、しかし、相手が原爆を使用した結果として、反則負け、と言う事に成り「王の権威」その所有は日本の物となった、が。

    それはまず、戦前の軍国主義の「標的」が、天皇陛下に成った事を意味する。
    そしてアメリカにとっても、日本は敵だった、特に天皇制は抑え込まねばならない物。

    日本の文化?は、天皇に対して、敵意をむき出しにしてしまったのだけど。
    昭和の頃は、それでも利益性、”それ”を目指す時、「邪悪な皇帝」の前で、屈しなければならなかった。

    ”それ”が平成に入り、「王の権威」が民間に落ちて。
    ”そこ”こそが「諸悪の根源として適当」に成ってしまった、のだ。

    経緯として、”それ”を抑え込まねばならなくなった「エヴァンゲリオン」それは、そのまま日本の方向性、もしくは世界の密かなそれにさえ合致して行き、”これ”に対してやたらと、世界は依存する様に成っていった、が。

    「これパクってない?」

    ”それ”は結論で、映画の最後の様に、何かの成果を最後の最後で破綻させ、全ては崩壊して行った訳だ。「正しい」だから、”そこまで”は、エヴァンゲリオンは問題なかった。

    ”それ”を認めれば、だ。

    認めないまま、その後の20年は過ぎてしまったのだけど。

    奇妙な感覚?はある、今、”ここ”には「王の権威が無い」のだ。「魔王である」と言う意味は残っていても、王の権威では無い?感覚がある。”それ”は何だか、何処かへ移動してしまった…そんな気もするが。

    今まで通り、は大事だ。
    そして確かに、「王の権威」とやらが、”責める対象”で有れば今までも問題は無い。

    もう、「王の権威」が存在する必要は無いのだ。
    だから、”それ”を目指すのなら、それはもう破壊の標的でしかない。

    ”それ”が悪い。
    それを倒さねばならない。


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