とある狸の憂鬱と天狗のうちわ
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とある狸の憂鬱と天狗のうちわ

2020-02-14 11:34

    「金が無い?創れば良いだろう」

    そういう狸は、その辺の葉っぱ一枚を、中々見事な仏像にする事が、出来る。
    それは集客効果があり、100万円は稼げるが、その頃には元の葉っぱに戻りそうになる。
    「もう一回」
    狸はもちろん、それに対して同じく、中々見事な仏像を創っては、50万円位要求するのだ。

    狸が言うには、これで財政難などあっという間に解決、らしいが。

    最初は、技術を磨けば誰でも出来る、と言っていた狸だったが。
    とは言え、幾つか例外的事例が出て来て、少し面倒には成っていく。
    どうしても、現場は自分が期待する様にやらない、そして勿論、期待されるお金に成らない。

    なんでなん?

    と言うのは、狸にとっても重大な命題だ。
    そのままでは、何だか、自分だけが悪者にされかねない。
    単なる技術の問題だ、努力と熱意が足らないだけだ、と言いたいのだが。
    彼らは頑なに、”儲かる方向”を向こうとしない。

    その辺で、やがて解ってきた事は、その「出来ないネズミら」は、もちろんあちこちで、穀庫荒らしをしている連中だった、と言う事だ。
    そしてその中には、或いは殺人まで犯した様な奴が、その罪を隠してそこに居たりした訳だ。

    理解は出来る、そう言う罪は、ちゃんと償ってないと、お金の発生に悪影響が出る。

    「するともう、永遠に駄目だと?」

    目の前で黒く淀んで、或いは変質していくネズミを前に、狸としてもいささか危機感には駆られるのだった。


    現状、「この体制を構築した私にひれ伏しなさい」と言う時、それで解決か?と言うと、その後にそれは言う。

    売春婦を殺したお前は、出ていけ。

    お前はもう死ぬまで”ダメ”だ。底辺を死ぬまで這いずるが良い。

    脳内想定、そこに有る理不尽に対して、相手の反応だ。

    「たかがゴミ一人を殺しただけで?」

    ”それ”に対して、反応は固定されたままに成っては居る。
    相手にしろ、そうじゃないと自身の罪が、回避出来なくなってしまう。
    彼らは豚や牛だからこそ、問題なかったのだ。
    人間でした、となると、それは致命的だ。

    だから、だろうか。”ここ”は提言は出来ても決定権が無い。「大衆」その神の決定である、それに依存する。現状でも自分の視点では明確な証拠は無く、因果を辿るとそこにたどり着く?だけだ、100%の把握をしているというのは、人間としてはおこがましい物言い。

    結論を探しては居る。
    価値を精製出来ない人々が居る、それは何故か?

    そこに有る物は、道理か、或いは切り捨てか。

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