ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

「大衆」それにとってのゴミとは何か
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「大衆」それにとってのゴミとは何か

2020-03-18 12:14

    植松聖被告は、結論で死刑になった。

    この結果、”この”思想、それは日本の刑法上は「死刑」極刑、切り捨てには成った。

    いらない。

    是非ではある。

    「役立たずの無能なんかもうお荷物でしかないんだから、殺せば良いだろ」

    ”これ”は、この発言者は要するに「日本の刑法的には」死刑に成った訳だ。
    それでも或いは、芸能界、テレビに出てる存在でさえ、”これ”は時に言うのであり。

    …これでも、まだ感覚では反発が消えない。勿論、と言うか…「そう言う事を掲示板で語ってしまう人々」が、まあ納得しない訳で。「私は間違った事なんか言ってない!みんな思ってる事だろ?!」同意を求めるそれに対して、微妙な弱さはある。

    自分が何とか五体満足である幸運を、神に感謝するに留まる訳だが。

    「日本では大麻は違法です」犯罪です、これも、世界にとっては今も、意外でさえ有る潔癖、かもしれない。合法化してる所はかなりあるのだ、芸能界の薬物汚染は問題には成ってる。それでも、植松聖被告も、最後に発言を求めた”それ”は、「大麻は合法です」それだったらしい。

    原因?はほぼ解っている。

    ただ、それは「テレビゲームをクリアしたらお金儲かる様にならねーかな」そのレベルで、否定するのが難しい現状はある。

    「馬鹿」なんだけども。

    「RPGのモンスターとかなんで出現するんだろうね」神様なら消せばいいのに、”それ”に対して言葉に詰まる、そう言う絵でもある。

    価値観の問題だ。

    「ゴミだ」それは、一応日本としては、確定したのだけど。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。