選択し得る未来と選択し得ない現状
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選択し得る未来と選択し得ない現状

2020-05-24 06:07

    ぶっちゃけ、どっちも信用はし難い。

    朝日新聞社の御家騒動、が実際には内部で続いている、と言う把握の、その血族派と改革派の対立は、村山美知子氏の死去に伴い表面化しつつある、訳だが。前者の血族派のフラグシップが「玉川徹」氏だとして、後者の改革派、その旗手?が、場合によっては”ここ”である。しかし、”ここ”は基本的に自身の内輪?に相当する人々が改革派側に居るから、それでしか無く。

    その深部にある否定と言うかは、かなり重い失望と共に有るのだ。”ここ”を明確にか前に出さない理由でも多分ある。正義は勝つ、それが容易には信用できない時、最低限の切り札は残さねば成らない。

    例え”ここ”が勝つにしろ、自身らの制御が効かない、というのでは意味がないのだ。と言う事は、今の状況では自分も、どれだけ頑張っても良い飼い犬以上の立場には成らない、訳だが。

    飼い犬が、詳しい事情を知る必要もないし、餌も残り物で良いし、そもそも生殖の必要、それは無いのだ、それが有る方が、むしろ事態を深刻化させる。男性のその衝動など無い方が良い、性犯罪者には、相応しい待遇が必要だ。

    窮地ではある。

    今の把握では、後者側にはこれを想定するだけの喪失が人生に発生しているから、だが。「なんでそれに自分が?」ってのは、何かの隙には成る。とは言え、前者の旗手である玉川徹氏の現実は、流石に目に余る状態ではある、特別待遇の割には実績も無く、物事は主観でしか考えず、デマを垂れ流し、謝罪もしない、挙句の果てには私は国の為に頑張ってる!とまで言う訳だ。このパーソナリティはそう言えば、「鉄血のオルフェンズ」にも、「銀河英雄伝説」にも確か出てくる。昔から問題になった”それ”は今、より深刻なそれとして発露しつつは有る訳だが。

    それでも、日本の天皇家とは血族主義ではあるのだ。
    それを市場管理者にしている限り、改革派には、微妙な弱さが常にある。

    この事態が発生する原理としては、「独裁者が居るから」それには成る。王の権威に対してカウンターとして中華思想の皇帝が発生する、それと同じく。今の打開としてはだから、最後は「大賀さん」紛争解決機構の存在に委ねねばならない、のだが。問題になる状況として、”それ”を記す立場、と言うのが現状”ここ”である。

    「本当の結果」を書いているのか?

    事態の打開は、そこに委ねられては居るのだ。

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