善と悪の間に線を引く
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善と悪の間に線を引く

2020-06-02 07:29

    倫理観としては、纏まってきた。

    売春婦を強姦して自殺させた、その新聞記者、彼は「人命を軽視し過ぎた」のだ。
    そこに起きた喪失その他は結果、対応としても同意し得る物だ、因果としても道理。
    異論を挟む余地は無い、それは人命を軽視した結果として発生した欠落その他である。

    妥当、ではある。

    或いは”そこ”にあった「何故?」に対して、十分な返答はそこに有る。


    人命は尊重せねばなりません。
    優秀で無いと言う事は、排斥の理由に成らない。
    一度や二度の失敗など、問題には成らない。


    「何を描かねばならないか?」その、規定となる理解だ。ヒーロー達は何を目的に”悪”と戦うのか、戦わねばならないか。簡単にどうにかなる、と言う事は無い、それでも挑まねばならない、護るべきものを護る為に、出来るのが自分だけなら”それ”は、やらねばならない事だ。”それ”を支援する、そこに或いは、世界を護るに通じさえする「意味」はある。

    解りやすい。

    シンプルだ。

    今までの懸念の、かなりの部分がこちらには望まれる形で安定する「理解」ではある。
    この辺が普通に仮面ライダー等に導入される時、今までの様な「おかしいだろ」その辺はかなり、明確にダメ出しし得るようには成る、感じもある。恐ろしい事に、良くも悪くも朝日新聞社は”この辺”を明確に握っているのだ。ここを治す事が出来なければ、日本の倫理観さえ歪んだままに成る…何だか実は、そう言う領域ではあって。

    人によって、「命」大事なモノ、それは様々だ。

    ともかく理解として人類皆兄弟、的な感覚は「家族は大事だ」そこにも通じる。
    その上で、人命を守らんとしたら?相応の抑止は必要になるし、善と悪はある。
    家族の中であっても、他の「命」を害する可能性が出てしまったら、”それ”は罰せねばならない。

    解りやすい。

    シンプルだ。

    善か悪か?で言えば、この理解の時、その売春婦を強姦し殺した「新聞記者」それは、明確に悪ではある、単刀直入に、他人の命を害したのだから。青葉容疑者の様に、「自身が害された」様な経緯がある訳でも無い、単純にその歪んだ価値観の中で、相手は”殺して良い存在だった”だけだ。昭和から平成に掛けて、「王の権威」昭和天皇の喪失と共に起きた混乱の傷跡は、多少は明確に成りつつある?それは、一つの報酬とは言えるか。

    それと共に、解ってくる感覚もある。

    その笑顔の向こうに有るのが、殺意だったりする場合はあるのだ。


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