解る様な解らない話
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解る様な解らない話

2020-07-01 11:06

    自分の感覚では、一連の連なりではある。

    「新聞記者」の暴挙は、その帰結として有る。

    「スペースインベーダー」は、混沌を残してしまった。「硫黄島の決戦」を結果論か題材にしつつ、「頑張れば何とかなる」そう言うテーマを載せてしまう結果、”それ”が「不可能なんか無い」とか、そう言う理不尽か、或いはカルトの起点に成ってしまった。

    ”それ”に対しては、「昭和天皇」当時の王の権威にしろ否定するが、アメリカには「王の権威は無い」ので。この時代の「正義」は果たしてどっち?と言う時、昭和天皇は悪の側に成りやすかった。「王の権威」としても、それは適当な悪役であっても、本当に”そんな事をしてる訳じゃない”のだ。にも拘わらず一部の否定されたかの憤りは、本気で、その辺へ敵意を向ける様に成っていく。

    愚かと言うべきか否かは、解らない。

    ともかくその果てに、「ゼビウス」が誕生、昭和天皇から強い否定を受ける。求めたのは戦闘機での、或いは潜水空母「伊401」等によるアメリカ強襲作戦の徒労感だ。必要なのはリアリティではありその時、「3機ある」そう言うのは意味がない、一機が失敗したらそれで全て”終わり”だ。しかし、そう言う否定を、現場は強力に反発し、強引に「売れた」数値を創ってしまった。或いは、アメリカなどでも常套手段だったろうか、ともかく昭和天皇もそれに対しては折れると言うか…しかし。この後、だろうか、ゲームに対して”世間”は、強い否定感を向ける様に成る。ゲームセンターが「不良」の溜まり場と化していくのは”だから”だ。

    ともかくこのゲームも、結論で言えば「売れなかった」のだ(多分)。投入コストに対して販売利益は下回った(多分)。「成功」と言う輝きの裏に有る奇妙な憤りの果てに、しかし。やがてか、「グラディウス」が誕生、リアリティのあるヒット作に成った。それはゼビウスを下敷きにしての「皇帝創作」的な内容に成っていたが、しかし、「昭和天皇の意向」それは実は、強く表れていた。パクリなのに大ヒットしただと?創れる立場の歪み、それは加速していく。

    このゲームを企画した側は、やがて何かの組織を創っていく事には成る?「宗教家」の誕生ではあり、彼らは今後、数値の歪み、昭和天皇への反抗…そう言うのに、異様さを持って注力していく事に成る。それであっても、利益性は常に、「昭和天皇」その意向の方に有った、それは変わらない。良くも悪くも「正義を守れ!」的なプレッシャーはカルトを支えてしまい、利益性の無い創作に注力し続ける、そう言う事態になり。気づくと「宗教家」は、成功、それには遠い存在にはなった、のだろう。「王の権威」その意向?に反し続けると言う事は、今でもそう言う事態を招く訳で。逆説的に対立は激化していき、やがて「紛争解決機構」の必要性が発生し、そこに「ガンダム」が誕生、暫くは、安定、という形にはなるが。

    しかし、娯楽文化が発展するに従い、昭和天皇へのストレスも高まり、天皇家への、何かの否定は始まっていく。結果だろうか、「王の権威」昭和天皇が持つ物は、次の天皇陛下には継続しない事になって。或いは自然と、「民間の誰か」に渡す、と言う流れに成っていき、そこでどうも、何かの争奪戦が始まった…その最後にあるのが「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」では、ある。

    ペーネロペーは、クスィーガンダムに勝ってしまった。
    この結果、本来は、”次”の「王の権威」は、”それ”が示す者になった訳だが。

    もちろんこの事態を、「宗教家」にしろ、良しとはしなかった。
    そして昭和天皇はその時、既に危篤状態に陥っていたのだ。

    歪みが始まる、その「次の王の権威」を、何とかする必要が出て。そこで、当時の候補者をシンプルに「落第」させる事になった(多分)。数値の改竄の結果、それは上手く行く、が。もちろん「王の権威」その決定に反する行為であり、この時”これ”を行った今は「漫画家」?と言える存在もまた、何かの成功からは見放されて行く…自力での成功、それは有り得ない事態へ。この結果はしかし、状況に強いストレスを発生させる事に成った、事態は最悪な結末へ至った。天安門事件が発生、世界は重いストレスに晒されたが。

    事態を変えるべく、しかし。
    或いは「最後の一人」かが、何故か”それ”を納得しなかった。

    こんな経緯の結果、そこで「新聞記者」は、相手を殺してしまった。


    この時、昭和天皇ももう居ないのだ、是非を問える存在が無い中、良くも悪くも、「クスィーガンダム」側に、「昭和天皇の椅子」は廻る事には成る。王の権威はこの時から存在その物を否定される事に成る訳だ。「何かおかしい」それはかなり根深く続く事に。


    この時、「漫画家」もまた、「新聞記者」と同じく利益性を持てない「無能」と化していた、として。似た様に、微妙に罪を問えない立場にはある。彼らはいわゆる「あげまん」と言うのを探して、特に人妻?に対し強い欲求を向ける様に成って、現場には強いストレスは今も発生中、だ。

    とは言え、始まりの「スペースインベーダー」そのテーマは「テレビゲームは面白い」それを伝えたかっただけだ、と言う変更の結果、何かのカルトを否定出来る様には成り。結果で、「新聞記者」それを擁護する必要は無くなり、何かの帰結には至った、感はある。一応、時系列で見るなら「漫画家」の後に起こした過失になる、”それ”を押したのが「漫画家」である、と言って良い訳だが。

    根を切った、と言う感じになったのだろうか。

    それはまだ、解らない。
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