変化と経緯とそこに有る絵
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

変化と経緯とそこに有る絵

2020-07-12 10:58

    けりは付いてる。

    ただ、「勝った側」の光景、と言うのが”こういう絵”だ。

    微妙に不安感しかない。

    負けた側、がこういう?

    大丈夫なのか?

    その上で、”負けた側”の剣呑さ、それも「微妙に消えてない」訳だ。

    平成の始まりで起きた悲痛、それは”その先”で、或いは起きてる。
    その辺について”理解”では紐パンの紐にぶら下がったサワガニ、程度の危機感でしかない。
    しかしその小さな蟹はかつて巨大で、女性をそのハサミで殺害した、と言う過去を持つ訳だ。
    様々な経緯の果てに、今はそこまで小さくは成ってる。

    …とは言え、”それ”はかつては脅威として存在した物で。
    更に、新型コロナウイルスじゃないが、小さいから、それは脅威では無いとも言えない訳だ。

    …しかし、「勝った側」が勝者、という感覚は変わらず。
    ”ここ”に間違いがある、感覚も微妙に無い。
    「大賀さん」を設置した存在はその時、中立であるべきで、その結果に逆らう必要は無く。

    「新聞記者」と言う存在は、根本的な能力の欠落が発露し、その場に居る理由を失った。
    結果、状況は彼女ら?の統制するモノとなった、訳だが。

    ”ここ”の意向それは、「大賀さんの決定に従って下さい」それだけの筈だ。

    ”ここ”はここで、勝者ではある。


    そして、その勝者の掲げたそれが、「大賀さんの決定に従え」それである、自身に対しても。

    可能性は残っている。

    勝者が”彼ら”で、何が不満なのか?

    100%の同意は有り得ないのだ。
    反逆者は、反逆者として罰するだけだ。

    剣呑は単に、蟷螂之斧でしかないのか。

    視野範囲の外にも、世界はある。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。