バベルの塔を建てる夢を見る
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バベルの塔を建てる夢を見る

2020-09-20 06:55

    他が要らなくなる。

    その意味では、タブーに挑むような物かもしれない。

    理解としては、「バベルの塔」それは、人類統一を目指した王の野心だ。言葉が統一される時、人は共有される思想の元で統一され神の領域へ至る事が出来る!と言う”それ”が、結果的には神の罰を受け、破壊された。この逸話に何を見るか?と言う点で、視点は様々ではあり。

    多くにしろ、ユダヤ教自身にしろ、「神に至らんとしてはいけない」例えそれが悲願であっても、それはそれで正論として有る。
    とは言え、それは視点では単純に、人類による宇宙への進出を阻害する、そんな壁とも言える訳だ、それが有る限り、SFの様な世界、それは来ない。

    来んでいい。

    正直な所ではある。


    今も、若干無念さが残る「PS5草案」ではある。今のインターネットの機構なら十分可能で、今後のゲーム機そのスタンダードにも成り得る、位の良いアイディアかもしれない訳だが。結局は”これ”をマイクロソフト社がやろうとしたら、他全てを否定し、インターネット=Windows、みたいな絵に、可能性が出てしまう。目的は?何となくだ、その方が良い、そう、バベルの塔の如く、素晴らしい成果へ至らんとするには!パワーが必要だ。

    その視点では、スペースシャトル「チャレンジャー号」その悲劇は今も、思い出せる何かには成る。

    自分の理解で言えば、「足下で働く存在を無視するから」神の視点はそこにこそある、そこにとって有益で無かった事がバベルの塔の失敗であり、神は決して人類に対して発展を禁止している訳じゃない、むしろ期待している位だ、と言う理解はあるのだが。一般的な話の流れで”これ”を出す事はほぼ困難で、また逆に、自身の暴走の様なモノも、不意に自覚する感覚でもある。

    バベルの塔、その最上階から、下層を眺めてみる。
    足下で動く微生物以下に、注意を向けるべきだろうか?

    しかし、新型コロナウイルスは、人類の経済に多大なダメージを与えてしまったのだ。

    何処まで、誰であろうと、判断するのが自分しか居なくなる時、個人の限界は少し、遠い話にはなる。



    「しょーこの証拠」6時間目:お風呂が出来てますよ、掲載しました。
    取りあえず第一日目、終了、という事で、次はちょっと解りません。

    多少、健康上にさえ問題が発生した、可能性があり。
    自身が想定するよりも遥かに自身に無理が掛かっている、気もします。

    「出来る」と言う証明より「無理」と言う方を証明した感じもしますが、「仕事しろ」が、正論としては横暴さを持つ事は、不意に自覚する部分ではありますな。



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