期待と現実と見えない未来
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期待と現実と見えない未来

2020-10-20 14:20

    「土台」とは?

    「鬼滅の刃」は、言えば「天気の子」とほぼ同じノリのヒット作ではある。既存の、つまり「王の権威」”そこ”へ通じる作品へ”被せ”たモノ、だ。被せ方に個性と言うかは出ている、らしい。主人公と妹の存在ではあり、土台ではこの二人、不幸に死んでいく存在なのだが、そこに対して多分、”ある物”だ。

    何とか成らなかったのか。

    結局、その、作中で死んでしまった兄妹が、その悲痛へ至る”前まで”戻した感じから、自身を殺す事に成った元凶、”それ”を倒す!と言う様な物語として始まった、感じで。現状、一応のエンディングには至っていて、「次は?」はしかし、アナウンスはない状態、「天気の子」もそうだが、”被せ”の特徴と言うか、作者にはその先は描けないのだ、土台に描かれてないから。

    もちろん?土台の作者にしろ無理だ、悲劇的に死んだキャラ、それは生き返らせる事は出来ない。


    結局、最終的なオチとして奇妙に時代がズレた?オチになったのも、「次の人生では」的な、そう言うニュアンスが強い、気はする。結論で言えばこの作品を描いたからと言って彼らの悲痛が救われた?と言う訳じゃないのだ。過ぎてしまった時間は変えられない、良くて、鎮魂歌に過ぎない。鎮魂できたか?そこは、何かの疑問としてはある。自身に発生したか、その感覚、「インターネットに飽きました」それもまあ、通じる何かだろうか。

    要するに、土台は「破魔師 ~美鶴の初仕事~」ではある(多分)。


    相変わらずか、状況の変化は有るか、そこは解らない。ともかく死んでしまった存在を主人公にしてる限り、この作品の「この後は無い」訳だ。被せ、土台の作品を主観的に変換しつつ自身のオリジナルを騙って?描く事で評価を得ようとする、”それ”は一つの方法論として、平成ではうっかり確立さえしてしまって。変化はある、今は土台に対して適当な対価を払えば、この辺の評価は技術だけに集中はするのだが。オリジナルが描けない、続きは出来ない、”とは言ってない”それは、その後の問題としてはどうしても出る。

    この作品、嫌いな人は徹底的に嫌いな気は、する。

    それでも平成の30年は、30年として、もう変えられないのだ。
    時代が積み上げた過失は、既にもう、取り返しは付かないのだろう。

    …その上で、次はどうなるのか。

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