とある空を飛ぶ夢と現実
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とある空を飛ぶ夢と現実

2020-10-29 08:00

    不満は累積し、加速している。

    不意に気づくと、”それ”は自分の支持者?の多くを踏み潰している、重い過失を背負った…そんな感覚も有る。

    昔なら通った話は、今は通らない、”そこ”に入った瞬間「じゃあ良いです」それで、消えていく物でしかなく。

    道理は説明出来る、プラスが有れば等価なマイナスは何処かにあり、それが無いと言うならそれは「無い」のだ。無い存在を懇願し祈祷しても、無い物は無い、そこへの注力、投資それは無意味だ。

    つまり、”その”過失を背負った存在が、それを免罪される事は有り得ない。

    そこに居る人々が求めた物がある、しかし。その先に入る?と言う”そこ”は無い。最大100人が座れる店に、1000人呼んでも入れない不満で破綻するだけだ。その物理的限界を超える事は出来ない、その先には、1000人を迎える為の構造が必要で、それはもう、それが求めた理想では無く。

    そんなもんではある。

    最近、「バギージェット」と言う物を考えた、極論すればオスプレイからの降下作戦さえ可能な、空飛ぶバギーだ。ジャイロによる姿勢制御を搭載すれば、後は推力のコントロールだけでは?これを建造しよう、とする前に、物理演算でのシミュレートは有効だろう、が。

    結論で言えば、物理演算でのシミュレーションは当てに成らないのだ。

    試作機を実際に創ってみないと、それは事実に成らない。

    しかし?「物理模倣演算」と言うニュアンスでは、”これ”をして見る気にさえ成らない、最初から「現実ではありません」そう、言い切られてるので。

    信頼する、その先で破綻するか、破綻の可能性を最初から提示するか。

    現状、後者に傾きつつある、それはでも、そう言う現実の発露でもある。

    「現実を再現する」と言う観点では、あえて物理演算に拘らない方が、リアリティが実は有る。

    ただ逆にその結果、その世界には物理と同じ”限界”も有る訳で。

    潰してしまった後は、過失と共に潰れた残骸しかない。

    それは取り返せない。


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