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現実と言う牢獄の中で
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現実と言う牢獄の中で

2021-01-05 08:38

    原因その物は、帰結しつつはある。

    特権階級で有ろうと「人である」と言う条件は変わらず、そこには同じような、しかし特権階級故の特異な理由、それが存在はする。”理由”はそこにはある、周囲が「全て軽薄で利己的な嘘つきだ」と”解る”時、そこに居る意識は、何かの歪みを見せていく事には成る訳だが。

    「思考を止める境目」はある。
    それ以上は、考えても意味が無いのだ。

    「王の権威」と言う存在が居て、結論では”その”アイディア、創作、提案にしか”価値”は無く、それを打開する為に”雅”市場と言う汎用的な評価基準を設定し、「大賀さん」というか、紛争解決機構、「自分の上位としての決定機構」をそこに置き、そしてその前で、その壁を通せる「ストリードの連携」そんな王の権威が認める手続きを創る。概念上、それにより自身の特権は消えている、「王の権威」それは存在しない、その上で、それを設定し十分な性能を示したその功労によって、「最上位」として今、”ここ”は有る訳だ。

    ”ここ”の意向にしか「価値」は存在しない、と言う…そこは不意に、ある。


    「それで良いのか?」疑問は、その「大賀さん」を通し、”自分へ”否定的な視線を向けては、居る。その疑問が消えるという事の方が、奇妙にストレスだ、その時誰が、何が自分を律するのか?だ。しかし結果、「大賀さん」は奇妙に、自分の前で壁に成っている。問題らしい問題は無い、うっかりしたらもうすぐ、新型コロナウイルスさえ消えていくかもしれない。世間に有る何かの恐慌?それは足場を失っている…大賀さんの決定以外は、だ。世界を今の状態に止めているそれは全て「大賀さん」、”この”概念、構造、それが原因だ。そこに有る、自身が設定した「神の意向」は、不可解を伴って、今もそこには有る。とは言え。

    一人の意向に世界が支配されている、それが正義だとでも言うのか?

    「売れない人々」に有る正論は今も、間違いなく、脅威とはなる訳だが。そして王の周囲にしか恩恵、価値の発生、それが無いと言う現実もまた、ストレスとしては重くある。


    そこに有る、自由意思の喪失、それを、創作者らに強要すべきか否か。物理的にだ、「独裁創作は利益に成らない」、世間が”全て”仕事、「依頼を問題なくこなす」事でしか対価を得ていないのに、何故あなた方はそんな身勝手な自由を求めるのか?は重い正論としてはある。物理的に言っても、表裏の世界が、共にその存在を求めなければ、”それ”は「発生」しないのだ。人は後ろを見る事は出来ない、一人だけの意向で、それは発生しない。

    それは”全て”をねじ伏せ得る、「働け」その言葉の先に有る、そんな虚無ではある。

    創作者にとってはそれは、極論の失望でしかない。夢を信じ、理想を願い、あれだけ費やしたそれは、たった一人の「それは私のアイディアでは無い」それだけで結局は、ガラクタになってしまったのだ。

    牢獄と見るか、或いは。


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