王座に座る者の憂鬱
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王座に座る者の憂鬱

2021-01-28 08:50

    問題では無い。

    ただ、理想的じゃないだけだ?

    「人本位制」その理解の先に、「人力発電機のネットワーク」それはある、それが有れば末端は仕事を失わず環境も維持できる、その社会は発展し得る、が。当り前と言うべきか、面倒な現実。

    電源の無い環境だと?

    その世界でのエネルギー供給、富の発生は、結論では「太陽」に依存しているのだ、古い世界、それはそこではあり、しかし。それだけに、エネルギーの供給元が一つしかない、極論すれば、”そう言う環境”ではある。

    この世界でも、世界を維持し経済を発展させる術、それはある。結局は太陽に依存し、太陽が齎す倫理、”それ”に恭順する事で、環境は生い茂り育つ訳だ。”これ”にシンクロするのが「金」と言う奴で、結論で言えば「お金の元」ではある。これを量産すればお金は増える!が。残念と言うか、金は量産できないので。古来からそこに偽金と言う闇は有ったのだけど。

    「同じモノ」は作れないにしろ?「同じような物」を創る事は出来る、それが「面白い物語」売れる作品、という奴なのだ、けど。この流れでは、つまり「全ての作品は太陽信仰に通じている」という事に成る、訳だ。そして、「王の権威」の如く古来も、それは一人の王に結論で集約して行った。

    極論化、とも言えない。
    男性が女性に”これ”を求める時、それは間違いなく異なる答えが返ってくる。
    何故か?と言うと、男性は現実に根差す意識だが、女性は「別の宇宙の神」だからだ。
    その世界では?「太陽」に相当するモノが、”違う物”な訳だ。価値観が違う。

    結局、女性はそれを鵜呑みにする時、最悪の場合、排泄物を喰わねばならなくなる、その人の意識では、太陽は不要な何かでしかないから。

    有りえないか?と言うと、「人本位制」その人力発電機のある環境では?結論で言えば、太陽はあえて存在する必要が無い。割と面倒な感覚だが、つまり「エネルギーの供給元が、個別に有る」訳で、多様な価値観だろうと共有する感覚を軸にするから、幸い?か、この価値観の衝突、その問題は起きない。しかし、納得のし難さはある、太陽を否定して暮らしてはいけないのだ、それは事実として有る。

    現在しかし、固定しつつある感覚?だ、「ブルーガンダムで良い」これで良い、後は面倒しかないので。これは結局、太陽信仰の継続であり、それ以外の排除であり、昭和で起こった対立の構図、その再来ではある、のだけど。

    そこで「人本位制にしますか?」は、微妙に受け入れ難くある、先人の世界には、先人がまだ居るのだ。それを否定する時、悲痛の方が大きい。

    ともかく今、「太陽信仰」金本位制?こっちが選択された、としても、戦争その物は起きなかった、と言う結果はあり、それは重大ではある。人本位制を、それほど急いで導入せねば成らない程にエネルギー問題は深刻では無く、人本位制にとって、太陽信仰の産物が受け入れ難い物だ、と言う訳では無い、しかし。

    最初の問題は、やっぱり続くのだ。

    「創作の全ての作者は、結論で一人である」

    創作者の全ては、彼の筆記用具に過ぎない、その優秀性を競っているだけだ。

    一般論で「働く」人々にとって、面白い作品なら誰が作者だろうと構わない、それが昭和のリアリティ。

    しかし、それが判明した?今、そこに発生するストレスは、対処し得るのか。

    貴方の願いがどうのこうの、それはどうでもいいのだ。
    求めているのは売れるか否かだけだ。


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