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肯定と否定の狭間に有る茶席
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肯定と否定の狭間に有る茶席

2021-02-09 13:26

    なんでこの動画のカウンタ数値はこんな低いのですか?



    「スポンサーサイドの方はご遠慮いただいております」

    …ってのはまあ、騒乱を避けつつ打開する、その理由としては有りだが。

    となると問題はその上、「そのスポンサーの情報が商品が、表に無いのは何で?」だが。


    市場管理者の?立場で言えば、「特に否定はしてません」と言う、それしか無いとは思う。
    それが市場に並んでない理由は?市場管理者の否定では無く、もっと違う要因な訳だ。

    幸い、と言うべきだろうか?今まではその先に「ユダヤ教の王」その存在は有った。
    今は、消えた?感じはある、ただ、多少、その残り香、みたいな、そう言うのはある。

    なんせ、”それ”がダメ出ししたら、”その時点で”windows8系は、市場に大ダメージが出ると解って?も、そのまま終息させられてしまったのだ。

    それだけの権限と言うか、影響力、それをユダヤ教の王は持っていた、訳だが。


    未だに、「誰だったんです?」は、こちらとしても明確には言えない感じは、ある。
    変化した、その時の、色々な事例と感触、その結果としての現状の判断ではあって。


    羹に懲りて膾を吹いている、その状態が、今も続いている、とは言える。
    そして、そのユダヤ教の王、それに近い立場にあった人々は、その立場を今後悪化させかねない、と言うか「悪化させている」訳で。今のままの影響力、それを保持したい、と言う衝動?そう言うのは無視出来ない、だろう。

    ”彼ら”の否定は、今も残る、もちろん単なる自己保身としても、その後ろには彼の影は有ったのだ、そして或いは今も、そこに幻影はある。

    「私に対して、あまり侮蔑的な態度はしない方がいいですよ」

    或いはそんな?SEGAの名越氏が、しかし降格になった、それは、一つの変化、だろうか。

    それに対して、報復は、今の所は、無い。と言うか、見えない。
    ミャンマーでクーデターが起きた、位の変化しか、今も起きてはいない(・・・)。

    民主主義に対する冒とくだ!と言いつつも、”それ”がまともなモノで無かった、と言うのは今回のアメリカ大統領選で良く解った、事でもある。だからこそ、ガンプラバトル、”そこ”での秘密裏な決着を土台にした、訳だが《事実だったら)。そう言う視点で、ミャンマーの軍部の行動は一面の正義はある、アウンサンスーチー女史は、開放されてから独裁色を強めていた、それは、民主的な様だった、ろうか?

    とは言え、アメリカ大統領選が、「実はガンプラバトルで決まっていた」と言う?そんな話への否定感並みに、悩ましい正義と悪の境目、ではあり。

    ”雅”市場は、恒常化しつつある、感覚はある。今の所、この結果を否定する理由はほぼ、無い。人は誰でも「一人の同意は一円」と言うその定理を背負う。地球それの、80億分の1位の土地へは、所有権を主張し得る。その上で、適正な分配をし得る、そう言う物に価値はある、そう言うモノをその、持っている土地で創ればそれは、換金し得るし、しないと社会は衰退する。

    ともかく、市場管理者の立場としては、否定し得る要素は、或いは薄い。

    スポンサーサイド、として認識されているなら、そこには権利が有っても良い筈。

    ともあれ。


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