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理想と現実の境目で夢を見る人
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理想と現実の境目で夢を見る人

2021-02-18 11:25

    理想論ではある。

    一応、「大賀さん」がある時、マスコミの脅威、も「理想論としては」無い。
    平等な立場が維持される時?”相手が出来る事は、自分も出来る”からだ。

    それは、インターネットが有るから、って言い方になるのかもしれないが。

    状況は少し整理されつつはある。

    インターネットの発言は、総じて「黄昏の狩人」に取り込まれる、そこのネタ元だ。
    その上で、各自は物語を創る事にはなり?そしてその打開を目指す、事には成る。
    その結果、成果で、その物語に価値は発生し、それを描く時、そこに利益は出る。

    ただ問題は、「ここは現実と同じだ」と言うニュアンスを秘める事、だ。
    ここでの結果は、現実に等しい物として知覚される、が。犯罪行為もまた同じように忌避される。
    悪い状況を救わない、改善の努力をしない、むしろ悪化させる、それらは総じて”酷い犯罪行為”という評価に成る。

    そうなった場合、その作者?は或いは、プライバシーを失う。

    通常なら、対等な関係でのルール、「プライバシーには侵害しない」が、その場合は適用されなくなるし?それを問題視もされなくなる、罪が有るから、だ。更に、そう言う罪が付くと、「才能」ここから利益を得るチャンス、という”それ”も失う。許すかどうかは”被害者”の任意だ、その記憶があまりにも鮮明に痛い物であれば、それは一生罪人のまま、かもしれない。

    「大衆」それが最終的なゲームマスターであり、そしてまた「大衆」人類総じてが、プレイヤーである。

    逆説的に言えば、「神様」が「それで良い」と思えば?それは定理に成る、訳だ。

    ともかくその中において、全ての人類は平等な権利を有する。同じく、罪に関しても、だ。現実の犯罪行為に”それ”は等しく罰せられる。


    ともかくこの時、「マスコミ」と言う奇妙な特権、それは基本的には存在しない訳だ。
    王が怯える、「自身の秘密をバラしそうな存在」は、同じく、同じ危機感に遭遇する。
    理想論としては、自分がしなければ、相手もしない、訳で。
    その上で相手がそれを行う?のなら、それは罪人として罰する権利はある。

    緩衝領域、だ。

    行動する前に、「仮に行動し」て、その結果を持って判断されるし、判断する。

    理想論としては、「大賀さん」それが有る時?「マスコミ」それは特権でも無くそして、脅威、という存在でも無い。

    朝日新聞社も、酷い赤字を計上し、色々と体制の刷新、それが行われる、という話。
    この場所は、自分の把握ではかなり重要なポジションだった気はするが、その変化は全体への、認識の変化、という事にも成っていくのだろうか?

    そこに有る悪夢は、果たして。



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