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理不尽と言う道理への抵抗
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理不尽と言う道理への抵抗

2021-02-26 09:45

    道理には勝てない。

    …と言う結果に思うか否か?は、境目には成る。

    状況から推察する結論で言えば?昭和に隆盛したゲームセンターが衰退した理由それは、平成に成って「市場管理者が変わったから」だ。昭和天皇が許容したモノを、平成天皇、今の上皇は許容しなかった。2000年位まではまだ、昭和天皇の皇后様も一応は存命、その影響は残っていた、が。それ以降に成るともう、それが目指す意向?に同意はほぼ無くなった、感はある。それでも個々の作品の売れる売れないでしかないウチは良いが、そもそも「ゲームセンター」と言うモノが、その感覚に合わなかった。

    良くも悪くも、想定し得る喧噪の中に、想定し得ない騒乱が混ざっている訳で。

    扉が開くと、いや開かずとも垣間見えるその中では、反社会的な意欲がその可能性を探っているのだ。しかも、それはたった一機で敵の拠点を破壊し、或いは一人で居城の悪を倒したりする。

    そこには「それは無理だ」その言葉は無い、そして、それが体制へ不満を向けている。

    そう言うのは、好ましくないと思います。

    郊外型のそう言うのなら、まだ良い、自分から身に行かない限りは目に触れる機会はほぼ無い、しかし。かつてあった、「街の中のゲームセンター」それは、感覚論ではつまり反社会的なテロリストの住処、でさえある。”それ”が多くの人々が暮らす街中に有るのだ、その危機感を許容する…それは、「好ましい環境」それと言えるのか?

    日本は、アメリカでは無いのだ。

    「ゲームセンターとはこういう物です」と、その物言いを、平成天皇他は許容し得なかった、訳で。アメリカ大統領選でも、バイデン氏に代わって、トランプ元大統領の政策の多くは転換、或いは廃止となる、”変化”は必然ではあり。それもまた、一応は「道理」としてやむを得ない状況、現場としては”それ”に合わせねばならなかった、が。良くも悪くも、「市場管理者の許容し得る方向性しか利益に成らない」その現実を前に、現場の不満は逆に向いてしまった、というのも一面として有り。

    また逆に、「許容して貰おう」と言う方向もまた、アプローチを間違えた?面は或いはある。”その”原因となったコナミは結局、一時はゲームその物を捨てる所まで至った。恐喝紛いの方法に出てしまった、若い文化だったと言うべきだろうか…それは、その視点では道理として衰退していく事に。

    ともかくだったら?その許容範囲に合致する様に、形態を変えればいいのでは?

    そのアプローチとして、「一階はコンビニ型商店、二階は防音対策を行ったゲームセンター」と言うイメージを創る。更に、入り口には二階の様子がモニターで確認できる。一応、これにより騒乱は見えない、それでいて「中の様子は解る」と言う形には成る。”これ”で通るなら?理解としては「現場のアプローチが間違っていた」そう言う事には成る。

    だろうか?

    色々な物で、ごねる感覚は少し残る。とは言え、微妙に世間は窮乏中でもあり。

    プライドとそれと、天秤の行方は。


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