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ゲームに見える天国と地獄
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ゲームに見える天国と地獄

2021-02-28 10:47

    結構深刻な一言だ。

    「現実もゲームの様で有れば良いのに」

    スコア=評価、である。そこなら誰でも、少なくともゲームは、コントローラーを扱う人間を見て差別はしない。どんな罪人でも偉人でも、ゲーム機がその態度を変える事は無い。感覚の理不尽を前に、その環境は、何かの救いとして有り続けた、そう言うのは、実際はある。

    産まれついた特権、「王の権威」じゃないと、アイディアに利益性は無いのです。
    そのアイディアにケチを付けた奴は、創作者に成る資格は無いのです。
    それに反発する限り、貴方は罪人です、罪人は罰せねばなりません。

    そんな「現実」を前に、ゲームは、その環境は、決してそんな事は言わないのだ。求めるのはスコアだけだ、そこには、或いは慈愛でさえ有る、求める世界がある。

    ”それ”が何故、現実では無いのだろうか?

    状況の変化と言うか…次第に?「ブルーガンダム」の現実、と言うのがハッキリしてきた感は有り、最近の「理解」と同じく、「独裁創作は多く、”不用”を創る」という帰結で、まずいらない人はそこに発生している。最善、それを選択する事こそ正しい、時。

    アイディアを出す人間は、その「ブルーガンダムの作者」以外は要らないのだ。

    そして、現場は全て、その作者の手足、或いは筆記用具である事が求められる、それ以外は要らない。

    どれだけの人間が、この時切り捨てられるか?ではある。特に、「アイディアを出す」と言う部分は、責任の問題もあり、かなり上位の立場?に要求された訳だが、そこに居た人の多くに、「不用」を創ってしまう事に成る。

    …元々、”これ”は本人の?趣味の産物ではある、趣味に他の人間は介在する必要はない、しかし。「”それ”が一番正しい」と言う不幸が、この時、この妙な環境を創ってしまう事には成る。アインシュタインに反論し得る人間は居ない、その帰結の様な話。

    ともかくその場で、「アイディアを出す」事にしか存在意義が無かった人は?この時、”要らない人”に成ってしまう、訳だ。

    「これはダメだ」

    それは、そもそもこのブルーガンダムが創案された時点でも、実際は帰結として有ったのかもしれない。

    因果ではある、”ゲーム”の、その一つの帰結としてか、それはそこに実在はするのだ。ともかく結論としては現実から?否定されたこの「ブルーガンダム」は、しかし現状として、”これ”が最も正しかった、と言う…そんな事態を前には、している。平成に起きた”全て”は、ここの言う事を、要求する事を通しておけば、起きなかったのだ。それを否定し、その破綻を創った人々には、重い罪がある。

    のか?

    ともかくリセットの様な、そんなニュアンスは始まっては居る。その上で、”これ”を持ち込んだ存在、”これ”に反発した存在、それへ集中していく物、と言うのも有る。それが犯した罪を打開し得ない、状況が改善していく?中で、彼らだけは捨てられる?様な感覚もある中、そこに有る、些細すぎる失念?か間違い、それにも集中はしていく感じ。

    現実は、テレビゲームの様には成らないのか?

    対戦格闘ゲームなら、まだ何とか?





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