ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

【三國志秘話】月光香
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【三國志秘話】月光香

2014-08-29 02:05


     ……あなたはどのように死ぬのだろう?

     大喬は紅を引いた唇を笑みに形作る。

     楽しそうに。

    「お前が人間でなくてもいい。ただ俺のそばにいてくれ」

     ――そう望んだから、私は孫策のそばにいる。

    小喬の幼い時死んだと言う姉の姿に身を変えて。
     どうしてだろう、ただ、孫策のそばにあるだけでよいなら皆に姿がみえなくてもいいのに。

    「大喬…愛してる。いつもそばにいてくれ……」

    「いつもそばにいるのは公瑾どのであろう?」
     孫策はムッとした表情をみせ強引に私の手首を掴み引き寄せた。
    「お前にもそばにいて欲しい。温もりをかんじていたいのだっ」
    「子供な事だな」

     ふ、と一笑にふす、

     ……あなたはどんなうに死ぬのだろう?
     矢に貫かれて? 暗殺に? 裏切りに?
     涙が流れる。どうして私をこうたのだろう?
     私に望みを請うものは死んでしまうというのに……
    「どうした……大喬?」
     不思議そうにのぞきこむ孫策の顔がまともにみられなくて、かわりに自分から抱きついた。
     その視線をさけるため。視線が怖い。だけど、孫策のぬくもりが欲しくてたまらない。
    「今日のお前はなんかヘンだな?」と苦笑しながら優しく頭をなぜた。
     あなたはどのように死に逝くのだろう?
     そう思うと、恐怖に、不安に、悲しみに縛られる。
     避けれられない運命だから……。



    「于吉仙人……」

     白髪におおわれた老人の姿をみて孫策は嫌悪を露にした。
     あたりは闇色なのに、白い老人が明るく浮かび上がっている。
    「なぜ、いる。また忠告…か?」
     そなたは死ぬ、あの女に願いをかなえてもらったのだから。
     それがどうしたと言うのだ。

     ――わしがおぬしを助けてやろう。
     な!

     ――社稷が現の姿をしている間に腸を抉るのだ。そうすれば社稷は死に、お主は助かる。
     冗談じゃない! どうして俺が一番愛おしいと思う女を殺さなければならいんだ!
    そのあと、孫策は于吉を殺した。

     けれど殺したのに、目の前にいる。

     そして大喬を殺せという抑揚のない声が孫策の耳にはいる。


     殺せ「うるさい」殺せ「うるさい……」殺せ!


    「おおおおおお!」
    孫策は寝台から身を翻し、太刀をもって于吉にふりかざす。だが于吉は揺らりと煙りのように消えてしまう。
    「くそ!」
     孫策は于吉のあとを追った。
     時には瓶に化け、紗の幕に化け、とうとう騒ぎに気づいた従者が中にはいり孫策をとめた。
    「おやめください」
    「はなせ! 于吉を……于吉を倒さなくては大喬が!」
    「于吉は先日処刑されたばかりではありませんか? どこにいると申されるので
    す!」
     孫策は落ち着いてあたりをみまわす。
     部屋はめちゃくちゃに荒れていて。
    「おれ…は」
    「落ち着きましたか?」
     孫策は力なくその場にへたり込んだ。

    「大喬……」

     小さく悔しげに呟いた。




     周瑜は禍々しいものを見るような目で大喬を睨んだ。

    「于吉仙人からすべてを聞いた。義姉上…いや大喬。そなたは伯符の願いをきいて側にいる、そしてその願いのかわりに命をうばうと……それは本当か」


    「そのとおりだ」


     いつもはお淑やかな喋りが尊大な口調となったことに周瑜は嘲笑をうかべ――そしてシュ……と剣を薙いだ。
     その切っ先は大喬の喉一皮のところでとまっている。大喬はその間瞬きもしなかった。
    「どうした、殺さぬのか?」
    「一つ聞きたい。お前は伯符を愛しているか?」
    「……もちろん。でなければ人の姿などまとわぬ」

    (どうする)

     周瑜は躊躇した。


     ここで殺さねば孫策が死ぬ。
     それは絶対に避けたい事だ。けれどなおも避けたいことがある。
     周瑜はきつく目を瞑り、剣をひいた。

    「どうした?」
    「伯符に恨まれたくない……私はそのことが恐い」
    「殺されてもいいと思ったのに」


     大喬は小さく独りごちた。
     そのときだった。

     …バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。
    「なにごとだ」
     周瑜は大喬がここにいる事を隠すために自らでむいた。

    「討逆さまが、危篤と!」

    「なに!」

     周瑜は大喬をとっさに見やった。
     その表情は紙のように蒼白だった。

     刹那、彼女は軌跡をのこして消えた。



    「大喬……」

     孫策は大喬の髪をなぜた。
     決して、悲しい表情を…涙を零した事のない社禝(女神)。
     最期に見るなんて思っていなかった。

    「泣くなよ。笑ってくれ」

    「笑えぬ…妾は…そなたがいなければ笑えぬ」
    「……ずっと、肉体がほろんでも側にいてやるから微笑んでくれ」
     大喬は無理に笑ってみせた。
     それで満足だった。

     ――最期に愛しいものの笑顔を刻んで死ねる事が。

     孫策の腕が褥からおちた。
     慟哭に満ちる室を大喬は颯爽と出てゆく。
     …大喬の頬に一筋の涙がつたっていた。



    「もう、お前の役目はおわった、香薔…」
    諱をよばれた。そのとたん、大喬の身体はかわり金髪碧眼の女の姿にかわった。大喬とはあきらかに異なる存在。
    「なぜ、孫策にちかよったのだ」
     香薔は于吉に問う。その声は鋭い。
     于吉は笑った。
    「あれは、もしやしたら大陸をおさめる器だった男だ。お主と会わなければ……だから惜しかった。このさきこの大陸は多くの血を飲む。唯一孫策が乱世を収縮する力をもっていた。そなたを殺させようとしたのだだか、手後れのようだったな? 願いが成就してしまった」
    「終っていない。伯符の望みはまだある。その望みもかなえなくてはならない」
     言うや香薔は于吉の顔を鷲掴んだ。
    「死ね」
     于吉は塵と化し消えた。



     大喬の姿にもどった香薔は自分の身体の異変にきづいた。
     もしかして……
     涙が溢れる。
     孫策の願い、そして大喬の願いが叶ったのだ。
     ――愛しさを込めて、大喬は腹部を抱えた。

     ……ずっと一緒にいる事が俺の望みだ、大喬。
     そんな優しく切ない声が耳をかすめた。
     月がとても美しい夜、風に優しい花の香りを乗せて。


     ★



    「母上?」
     孫紹は母が太陽に消える錯覚をおぼえた。
     けれどそれはみまちがえだったのだろう。暖かい笑みをくれる。
    「なあに、紹?」
    「ううん、なんでもない」
     微笑みを返す。不安を押し込んで。
     微笑んでいてくれる、それだけで――孫紹は嬉しかった。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。