• 【鬼畜凌辱ラノベ小説】「僕は妹から産まれたかった!」(1)

    2013-06-28 13:17
    ーーープロローグーーー

    僕のパパは金持ちだった。

    パパは金持ちだったから奥さんもたくさんいた。でもそれは僕のお母さんじゃなくて、世間的には愛人と呼ばれる存在だったと思う。それで、そのお母さんたちにはそれぞれ子供もいた。

    たくさんの奥さんとたくさんの子供の面倒を見られるほど大金持ちじゃなかったパパは、会社が倒産する日にそのことを僕に告げて、自宅の浴室で首を吊って死んだ。

    そして間もなく、奥さん達はパパに遺産よりも借金の方が多いことを知ると、子供たちをパパの邸宅まで連れてきてそのまま置いていくようになり、僕が気付いた頃には幼い子供たちでいっぱいになっていた。

    しかも、その子供たちは全員、「女の子」だった。つまり僕には、突如としてたくさんの妹ができた訳だ。

    最初は面倒だった。殺してやろうかと何度も思った。でも、今まで一人っ子で育ってきた僕は、幼い妹達を愛おしく思えてきて、仕方なく働こうと決めた……。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    パパの親友を名乗るオジサンが現れて、その人の言う通りに手続きをしたら、すぐに国家公務員に採用された。とはいえ、公務員の少ない給料では、ざっと数えて108人もの妹達を養う余裕などない。オジサンもそう思ったのか、いつ頃からか、妹達を使って商売をするようになっていた。

    自宅には、いつも何人もの男性達が列を作ってロビーにいて、オジサンが呼びに来ると、それぞれが部屋に消えていく。要するに、幼い妹を使った売春行為をやっていたのだ。

    パパが死んだ直後ならば、見ず知らずの「妹」がそういった行為に利用されていても、何の感情も湧いてこなかっただろうが、その頃には多少よりもずっと強く、「妹」に対する愛情があったので、パパが死んだ浴室でオジサンをぶち殺してやった。

    すると、妹たちは泣いて喜び僕に飛びついてきた。108人の妹達による抱ようは何とも幸福な時間だったけど、すぐに頭は現実に引き戻され浴室に飛び散るオジサンの処理をどうするべきかと悩んだ。浴室にこびりつく血液。肉片や骨もある。

    「わたしたちにまかせてくださいなー!」

    妹達の行動は早かった。浴室にこびりつく血液は「ずずずぅ」っと音を立てながら口で吸いこんだ。肉片は、包丁とまな板を使い細かくミンチにしていく。骨はトンカチを使って粉々に。最後は、ミンチと肉片を混ぜて草木の生える庭にバラまいていた。

    妹達の行為を茫然と見つめていた。

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  • 「ナチス」って意外と凄いじゃねぇか★と思った話

    2013-06-24 17:56
    〇日本にも「ネオナチ」がある?!

    だいたい「ネオナチ」というのは、外国のもんで日本なんかに無いと思い込んでいたが、なんと日本にも「国家社会主義者同盟」(通称・日本ネオナチ)が存在する。

    活動内容は、「外国人排斥」と「ユダヤ陰謀論」をアジ演説やアジビラなどで訴える、どっかの「行動する市民活動家」のようなものらしい。しかしまぁ、アングラマネーと結びついていないことや、それほど大きな力を持っていない(94年時には400名の会員がいた)から、本家ナチスのような最低最悪の悪行を犯しはしないだろう。

    安心といえば安心だが、20年くらい前に400名の会員が日本全国にいて、今でも毎月のように入団希望者が後を絶たないって話だ。これは、なかなか恐ろしい。

    どこに共鳴して入団を希望するのか……。

    ただね、本家ナチスの方は「民族浄化」みたいな悪行をやっちまった一方で、とんでもない功績も残している。これは、独裁者ヒトラーがいたからできたのか? それとも、ヒトラーが集めたスタッフが優秀だったのか。とにかく、『「ナチス」って意外と凄いじゃねぇか!』と、思うはず。

    ★世界で初めてジェット機やロケットを開発した
    ★TVの定時放送はナチスで始まった
    ★1936年。一般人向けテレビ電話がすでにあった
    ★テープレコーダーを実用化させた
    ★労働者にも海外旅行やバカンスを与えた
    ★育児支援で世界で初めて少子化を克服した
    ★ガン撲滅運動にいち早く取り組んだ
    ★世界初の禁煙運動を実施した
    ★労働者に減税し、富裕層に増税した
    ★世界に先駆け8時間労働を実施した
    ★中高年を優先的に雇用した
    ★有給休暇や健康診断を取り入れた
    ★100名以上の会社には社員食堂の設置を義務付けた
    ★社宅の設置を義務付けた
    ★女性の選挙権をいち早く認めた
    ★義務教育を実施した

    まぁ、「ユダヤ人の大虐殺」があるから、こういった功績はスルーされてしまうんですね。

  • なんとなく☆ノスタルジー~久しぶり過ぎて笑ってしまう深夜番組の思い出~

    2013-06-22 11:38
    ★バミリオン・プレジャー・ナイト

    ずーっっっと、PVみたいなコントみたいな<映像>が連鎖し続ける番組。全てのコーナーが、「ラーメンズ」のコントみたいな、シュールリアリズムの映画を観ているような感じで、同級生で観ている人なんて一人もいなかったなぁー。

    でも、制作が吉本“ベタ”興業だったとは、ちょっと驚き。

    ★三宅祐司のワークパラダイス

    メインの三宅“SET”祐司自体が、ノスタルジー感があり過ぎて笑ってしまう。

    俳優の生瀬勝久が、毎回ワケの分からない架空の職業に扮し、番組ゲストとして登場。そして、司会の三宅がインタビューしていく<コント>番組。

    練りに練った職業の時より、どんどん職業が破たんして三宅が本気で怒っていく回の方が面白かった。

    ★感じるジャッカル

    まず、レギュラーメンバーがほどよく懐かしい。

    「中川家」「シャカ」「ホーム・チーム」「長井秀和」がレギュラーってところが良い。この四組が全員、全国区じゃなくなってるのが良いなー。

    でも、コントは秀逸で、デタラメなセールスマンを演じる中川家のコントが面白かった。

    ★赤ちゃん金ちゃんしゃべる部屋

    毎週ってワケでは無かったけど、たまにテレビをつけるとロンブーの二人がダラーっとしゃべる感じが深夜にぴったりだった番組。

    一番、記憶に残ってるのが萩本欽一がゲストに来た回。

    「視聴率が取れないのは髪の毛を染めてるから!」って、怒られるロンブーがおもろかった。

    ★ドラゴン&ボールアワー

    ドランクドラゴンとフットボールアワーが司会の番組で、メイン企画は「女の子の部屋を掃除してあげる」だったけど、だんだん「掃除してあげる」から「女の子を喜ばせてあげる」に変化していったなー。

    で、最終的にはヤラセみたいな女の子ばっかだった。

    ★ろみひー

    懐かしいと言えば、「ヒロミ」。その「ヒロミ」が司会を担当していた最後のトーク番組。

    ゲストを呼んで、その人の履歴書に沿ってトークしていくだけの番組だけど、<ウラのプロフィール>的な部分として、毎回、ブラックな事とかエロい事をぶち込んでくるのが深夜番組という感じだった。

    ヒロミ、戻ってこい!

    ★新橋ミュージックホール

    トータス松本とユースケ・サンタマリア。そして、なぜかビートたけしが司会の番組。

    「ぢ・大黒堂」っていうユニットを作る企画は面白かったなー。だって、小田和正とか山崎まさよしが深夜番組に登場して曲を作るんだから面白くないワケがない。

    で、完成した曲もそこそこ良かった。

    ★北半球で一番くだらない番組

    作家・三木聡の<笑い>がそこらじゅうに充満している番組。

    深夜でなければ絶対にチャンネルを変えてしまうくらいの「脱力系コント」で、逆に「笑わそうとしていない」という箇所に笑ってしまうコントもあった。

    ★ロクタロー

    今は亡き、「ジョビジョバ」がメインのコント番組。

    「演劇の人」と「演劇の作家」が集結して毎週のように「しっかりとしたバカバカしいコント」を放送していた。でもなー、演劇の笑いって、テレビを通してみると、なかなか笑えないってところもあったなー。