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記事 7件
  • 【shi3zの華麗とはいえない日常】 華麗とは言えない休日

    2016-05-27 06:00  
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     いつも言ってることだが、とにかく休日が苦手である やることが見つからない。 我ながらなんてダメなひとなんざんしょ。 仕方がないのでひたすら散歩する。 散歩くらいしかやることが見つからない。 ダメすぎる・・・我ながら。 神田郵便局の前を通りかがると、ポスターが掲示できることを知った。 これは秋葉原プログラミング教室のポスターを貼るのにちょうどいいな。 ちなみに秋葉原プログラミング教室の出張体験会を、なぜか上智大学でやることになった。 なぜなのか、僕にもよくわからない。 ほんとに休日は過ごし方にこまる。 学生時代から付き合いのある友達と飲み会をすることにした。 暇だから 秋葉原から歩いて六本木まで行く。 休日の六本木はけっこう好きである。 
  • 月と鼈 〜僕の人類補完計画 #34 深層学習

    2016-05-23 07:31  
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    ■突然の邂逅 きっかけはFacebookだった。 久夛良木健といえば、この業界では知らぬ者はいない。 プレイステーションの開発者であり、ゲームビジネスでソニー副社長まで上り詰めた男。 その久夛良木さんは今はソニーを引退し、自らサイバーアイエンターテインメントという会社を経営されてる。 僕が子供の頃に最も強い影響を受けたアーキテクチャである、初代プレイステーションについて、久夛良木健が月刊アスキーのロングインタビューに語ったのは1994年頃だったと思う。インタビューなのに前後編に別れるという、異色中の異色な記事で、そこで語られる家庭用コンピュータの未来像に、心臓を鷲掴みにされるような衝撃があった。このマシンでプログラミングしてみたい。それが結局のところ僕がゲーム業界に足を突っ込むようになった主な理由である。それまでの僕は、そもそもゲームをろくに遊びもしないわけだから、ゲームに興味がなかった。
  • 秋葉原外縁の電脳食事事情

    2016-05-23 06:00  
    今日は秋葉原からちょいハズシ系の名店を紹介するぜ秋葉原のはずれ・・・というかもはやここは秋葉原ではないが、秋葉原からダラダラと人形町方面に歩いて行くと、なつかしのラーメン屋「ぽっぽっ屋」を発見した。なにが懐かしいって、ドワンゴが人形町にあった時代にはわざわざここまで食いに来ていたのだ。場所が多少移転していたが、これはまぎれもなくあのぽっぽっ屋であることは疑いようもない。ぽっぽっ屋と言えば、もとラーメン二郎、そして今は独自の進化を遂げた、二郎インスパイア系の老舗。昔懐かし油そばをチョイス!ダイエットは明日から!!んーーー美味い!!カネシっぽい油と背脂、玉ねぎ、そしてもっちもちの極太麺のハーモニー!!やばい!美味い!間違いない!連休中なので並んでなかった。本家二郎よりも美味いと思う。さてお次は、秋葉原のお隣、神田駅のガード下にある焼き鳥の名店「伊勢屋」の親子丼です。何を隠そう、僕はかなりの親子
  • 【shi3zの華麗とはいえない日常】 飯食ってVRして飯

    2016-05-16 06:00  
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    HTC Viveが来てからというもの、なんていうか、世界観が変わった。寝っ転がりながらVR鑑賞できるんだもの。凄いよ。ほんとに。ささやかながら、会社でVR体験会をやったりした。htc ViveのVR体験は、他のものとはぜんぜん違う。本当に文字通り身体が入り込んだ感じがする。ところがいざ、VRでなにかできないかなーと思っても、今のところソフトが少ないのであんまりおもしろいものがない。これは残念だよね。実にいまのところVRでやって一番おもしろいのが、VR空間上にモノを作るという遊びであるというのが黎明期というか過渡期的な要素を強く感じるね。マジで。そこで思ったんだけど、もうこれは自分で作るしかないんじゃないか。オレの、オレによる、オレのためのVRコンテンツを。そんなふうに思ったわけだ。まあ実際、弊社UEIの子会社UEIソリューションズにはVR部というのがあって、VRコンテンツの制作を生業にして
  • 【shi3zの華麗とはいえない日常】 炭水化物を抜けない日々

    2016-05-07 06:55  
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     魯肉飯(ルーローハン)という食べ物がある。 台湾料理で、よくわからないが、読んで字のごとく、要は肉と飯である。 これがうまく言えないが、めっぽう美味い。 どのくらい美味いかというと、台湾の魯肉飯のお店に言った時、あまりの美味さに三杯もおかわりしてしまったほどである。 それ以来、魯肉飯を見かけると食べるのだが、台湾意外では再現度がイマイチ・・・というかイマヒャク、イマオク・・・・とにかくあまりにもかけ離れているのだ。本物と。 東京に世界中の美味いものが結集していると信じて疑わないピュアな東京信者である吾輩だが、魯肉飯だけは食えない。クソ、どうなってやがる。 と思っていたら、先日、同郷の遠藤愉さんに連れられて行った台湾麺線の魯肉飯が非常によく出来てる。 これは紛れも無くあの魯肉飯である。これで台湾に行く理由がひとつ減った! 前回は魯肉飯なんか再現できるわけないと思って小さめの魯肉飯と大きめの
  • 【shi3zの華麗とはいえない日常】 プログラミング教育あれこれ

    2016-05-06 09:00  
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    実践としてのプログラミング講座 (中公新書ラクレ)が発売された。前作の続編的な位置づけではあるものの、内容はガチのプログラミング入門(なにしろ横書きになってる)なのでそのギャップに我ながら驚くが、MOONBlockで実用的なプログラムを書いてみようというチャレンジは自分にとっても冒険だった。この本を書くプロセスでMOONBlockの内容を見なおしたりできたので、まあ良しとしよう。POPを書いたのだが、字が汚すぎて使われていないのか、僕の手書きPOPを見た人はご一報いただきたい。まあでも前作ほどではないにせよそれなりに売れてる・・・のかなあ?よくわからない。今回は初版がめちゃくちゃ多いので、前と違ってバンバン増刷がかかる感じでもないしね。土屋さんと一緒に4月から始めたプログラミング教室。けっこう盛況で、まだ赤字ではあるけれども、生徒さんたちも順調に増えてきた。嬉しい限り。中には遠い所をわざわざやってきたりする人もいるくらい。この、秋葉原プログラミング教室、最大の特徴はカリキュラムにある。 ちまたの、あまたある、プログラミング教室は、ScratchやGameSalad、たまにSwiftやObjective-Cなんかを教えて、はい、それでおしまい、で終わることが多い。というのも、これは僕の想像だけど、彼らの教材づくりが間に合ってないんじゃないか。  けれどもそれでは、肝心のプログラミングスキルは何一つ身につかない。 たとえば大学の授業でC言語を教える時、今週は変数、来週は配列、といった感じに教えるんだけど、僕は前々からこれが疑問だった。 というのも、変数「だけ」を習っても、何一つできるようにならないからだ。 実際、大学の授業だけでプログラミングができるようになる人はいない。 実際には自宅で教科書を読みながら独学で写経しながら勉強するほうがよほど身につく。 だというのに、ちまたにあまたあるプログラミング教室では、大学の授業と同じように、プログラミング言語を要素に分解してバラバラに教える。これでは子供の教育に良くない。 プログラミングといえど言語なわけで、「今週は名詞を覚えたから名詞だけで文章を作ってみましょう」なんて無茶な教え方をする国語の授業があるわけない。 文法と、それを使ってみるということはセットでなければ意味が無いし、もっと重要なのは、自分が表現したいことがなにかわからない人にとって、言語の要素だけをバラバラに教わっても、全く役にたたないのだ。 たとえば僕はごく簡単な中国語が喋れる。まあこのレベルを「喋れる」といっていいのかわからんけど、例えばなにが喋れるかというと 「是(シェー)」/YES 「不是(ブーシェー)」/NO 「無用(メーヨー)」/いらない 「这个(ジェガ)」/これ 「您好(ニイハオ)」/こんにちは 「服務員(フーイェン)」/店員さん! 「买单(マイダン)」/お会計 「発票(ファーピャオ)」/領収証 「很好吃(ヘンハオチー)」/美味しいです(固形物) 「很好喝(ヘンハオフー)」/美味しいです(液体物) もうこれだけでとりあえずなんとかなるわけです。 どんな感じかというと、まあこれだけしか使えずに中国行きますよね。 電気屋に行って、「お、これなんだろう?」って思ったら、ガラスケースの中の端末を指して「ジェガジェガ」と言うわけです。 すると、お姉さんがガラスケースから端末を取り出します。 電卓を指差すと、値段を教えてくれます。 そしたらその値段を3で割って示します。 すると、お姉さんは首をふって、最初の金額より10人民元ほど安い値段を示してきます。 そしたら、僕も3で割った数に5だけ足して示します。 このやりとりを数回繰り返すと、結局、最初の金額の半額〜2/3程度でその端末を買えます。 買ってもいいなと思ったら 「マイダン」 と言えば商談成立。 さらに領収証が欲しいので「ファーピャオ」と言えば領収証がもらえる。 もうこれだけで中国で買い物できます。 中国は多民族国家なので、北京を中心とした普通活(プートンファ)を発する時に訛りがあるのが一般的です。 最低限、これだけは知っていれば会話ができる、ということさえ知っておけば、他の言葉は必要に応じて覚えていけばいいのです。 言語なんてそんなものです。 本来、プログラミング言語も全く同じで、自分が表現したいことに対して必要十分な言葉から学ぶのが一番身につきます。 ところが、なぜかプログラミング教室になると、言葉の構造だとかそういう、理屈から入ってパズルを解くかのように難解なサンプルコードを理解しないとできなくなってしまいがちです。それでは、子供はもちろん、大人だってプログラミングを理解することを諦めてしまいます。 僕たちの教室は、言葉を学ぶのと同じように、プログラミング言語を学ぶことを第一にしている。 そして何度でも自習したり復習したりできるように、紙のプリントの教材を必ず使うことにしている。 そうすると、子供がどこで躓いたのか、一人ひとり採点しながら、理解度を確認しながら、個別に丁寧に教えることができるからだ。 そして、表現のための道具として、数学や国語、英語の概念を学ぶことで、子どもたちは無理なく高度な表現を行うことができる。 単にプログラミングだけを教えても意味が無い。それに付随する種々の数学的概念とセットで教えてこそ、子どもたちは数学とプログラミングを好きになるはずだ。 だから最初の一年で、三角関数と複素数、力学、4✕4行列、テンソルといった概念を学ぶ。 大人でも尻込みするようなことを、子供だからこそむしろ効率的に学ぶことができる。なぜならそれは学校のテストの成績をとるための空虚な「お勉強」ではなく、自分たちがシューティングゲームや3Dコンピュータグラフィックスや人工知能、ニューラルネットワークといった、楽しいプログラミングを構築するために必須の道具で、目的が定まっていれば道具として高度な数学的概念を使うのは極めて簡単だからだ。 「現在位置が知りたい」という目的が定まっていれば、相対性理論を応用したGPSを搭載したスマートフォンのアプリを使うのは誰にとっても簡単だろう。 それと全く同じように、道具として数学や物理を使おうとすれば、難しいことはすっ飛ばして理解することができる。そして応用を理解しておけば、彼らが将来、高校や大学で本物の数学や物理に出会った時にも役立つはずだ。そのときそれは、無意味な数式の羅列ではなく、意味を持ったものに見えるはずだからである。先日、東京大学新聞のインタビューに答えた。もともと僕が「教養としてのプログラミング講座」を上梓したそもそものきっかけは、近所の東大生を集めてプログラミングを教える教室を提供していたからだ。意外だったのは、文系の参加者が思いのほか多いことだった。そして東大生にこそ、プログラミングを習得することは必須技能であるのではないかとインタビューには答えた。なぜならプログラミングとは、自分以外の知的存在を自分の思い通りに動かす手法、そのものだからだ。 
  • 【shi3zの華麗とはいえない日常】 ニコニコ超会議

    2016-05-04 09:39  
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     去る4月29日、30日にニコニコ超会議が開催された。  これまで超会議は、川上さんに呼んでもらったので何回か参加したり、一度は出展したりもした。  そしてついに今年はなんと運営として参加するという・・・もうわけわか・・・な感じではあった。 ただ、運営スタッフTシャツを着ていると当然ながらおもてなしをしなくてはならぬ。 普通にお客さんに道を聞かれるので、ステージに上がる時以外はTシャツを脱ぐ運用で対応した。いや、道聞かれても知らないしさ。 さて、ワタシクシが担当したのは超自由研究ブース。 担当というか企画? もちろん超会議といえば、小林幸子から特撮博物館、陸事から在日米軍、果ては自民党に共産党まで参加するという、あいも変わらずわけのわからないイベントではある。 そういう超会議の中にあって、やはり科学者が活躍する場も必要ではないか。 というのも、ドワンゴには人工知能研究所やUEIリサーチ(C