• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 33件
  • 【メモ】意思を持つ機械をAIと呼ぶならば、全ての条件分岐可能な機械はAIである

    2019-09-05 15:25  
    1000pt
    生放送にお付き合いいただいた方々、ありがとうございました。明日も正午くらいにやるかもしれません。さて、生放送中に頂いた質問のなかで、気になるものがありました。「なぜ、単なるプログラムが一定レベルの複雑さを獲得すると意思を持つようになると思うのか」こんな質問だったと思います。この質問に対して、僕はずっと昔から、子供の頃から思っていることがありました。それは「コンピュータとは、そもそも意思を持ったものである」ということです。もっと誤解を恐れずに言えば、「計算とは、意思の実行形態のひとつに過ぎない」ということです。なぜこう思ったのか、それは小学校低学年の頃にさかのぼります。その時なにがあったか?スターウォーズを初めてみたんです。Wikipediaによると、日本でのテレビ初放送は1983年なので、僕が7歳の時です。どうもこのテレビ放送自体が当時はお祭り騒ぎだったらしく、もう日本人なら全員見ろ、と言わんばかりの演出に溢れていたようです。
    1983年10月5日午後8時より日本テレビ系の「水曜ロードショー」(現在の金曜ロードSHOW!」)にて日本語吹替版が放送された。
    この時は、「日本テレビ開局30周年・読売テレビ開局25周年記念特別番組」という名目で放送され、この日の日本テレビは、朝から生番組にC-3POとR2-D2を出演させて宣伝したり、夜7時からの1時間枠に「ウルトラ宇宙クイズ・秋のSF大決戦 スター・ウォーズまで後60分!!全国子供博士大集合」という特別番組を放映したほか、映画本編も通常夜9時からの「水曜ロードショー」の放映枠を1時間前倒しし、3時間の特別編成を敷いた。
    本編が始まる直前にも、日本テレビ局舎内で行われたタモリ[23]、研ナオコ[24]、徳光和夫[25]やC-3PO・R2-D2、愛川欽也による解説、放送開始スイッチを押すまでの劇を数分行った。この時、本編を模した部屋でオーケストラを用いたテーマ演奏が行われた。この数分の劇は、C-3POとR2-D2が日本テレビにやってくる場面から始まり、途中行われていたオーケストラ(SWテーマ)の演奏に浸っていたC-3POが、タモリ扮する警備員と揉め事を起こしたり研ナオコをヨーダの娘と思ったりするというストーリーで、このシークエンスの後、スタジオに着いたC-3POが時間が既に8時を過ぎていることに驚いて放送開始スイッチを押すという更なるシークエンスを挟んで本編に移行するというものであったが、C-3POが「放送開始」とボタンを押すたびにCMが流れ、「押すボタンを間違えた。本当のボタンはどこだ」と局内を移動する演出であったために著しい不評を買い、「早く映画を始めろ!」「ふざけるな!」といった苦情電話が殺到したことにより、後日ディレクターがコメントするという一幕もあった。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/スター・ウォーズ_エピソード4/新たなる希望#日本におけるテレビ放映放送開始ボタンを押すとCMが流れて苦情殺到とか、どう考えても面白すぎる。さて、この番組を見たことが僕の「人工知能とコンピュータ」について考えるようになる一つの大きな原体験になるのです。というのもこの映画は、僕が小学校1年生のクリスマス、コンピュータに直接触れる直前に見たものだったからです。この映画を見て以来、僕の映画の見方は永久に変わってしまいます。これ以来、「この映画の中に出てくるロボットはどのようにすれば実装できるか」ということばかり考えるようになるのです。僕が手にした一番最初のコンピュータは、タミヤのマイコンでした。これはとても機能が少なかったのですが、むしろ機能が少ないという事実そのものが、今思えば僕が「人工知能とそうでないものの違い」を考える最初のきっかけになったと考えられます。 

    記事を読む»

  • 情報と情熱のあいだ

    2018-05-30 07:00  
    100pt
    会社を増床してカフェスペースができたので本棚を新たに設置した。本棚というのは地味に重要だと思う。これまで買いためた技術書はもちろん、写真集や同人誌、外国の本など、僕が独断と偏見で集めた蔵書が自慢である。本というのは、基本的に眺めるだけで価値がある。眺めるためだけに本を置いてもいいくらいだ。改めて蔵書を見てみると、面白いタイトルの特集を見つけた。10年ほど前の日経サイエンスの記事だ。この記事によると、量子宇宙は過去から未来へとただ分裂していくのではなく、未来から過去へと導かれているのだという。物理の世界にはこの世はできた瞬間から結末が決まっている、という考え方がある。反対に、人間の意志で世界はどうにでも変えられる、という考え方もある。現在を形作るエネルギーなり理由なりが、過去からの蓄積だけであるという考え方に反して、未来からも影響を受けているという考え方そのものは、リチャード・ファインマンも
  • 自然言語と手書きの類似性

    2018-05-29 07:00  
    100pt
    誰も賛成しないと思うが、ふと、手書きと自然言語には共通点があると気が付いた気がする。どういうことかというと、手書きと自然言語には共通した欠点があるのだ。それは、不完全性である。手書きされた文字は、読めないことが多い。もちろん読めるように書くこともできるが、自分にしか読めないような字を自分にしか読めないようなスピードで書くことはけっこうあるはずだ。特にホワイトボードなんかだとそのあたりが顕著である。さらにいえば、ホワイトボードには文字だけではなく数式や図を描くことが多い。むしろ図だけを書いているのかもしれない。会議などで、その場にいる人にしかわからない文字というのがある。あとからプリントアウトなり写真なりを見ても、その場を共有していないと、なにが書いてあるのかわからなくなることはよくある。最近、VRカメラでいろんなものを撮影していて気づいたのは、食べ物を撮影しておいて、あとから見ると、その食べ物の味を鮮明に思い出すことだ。要は体験を思い出すための情報量が、実はVRカメラで撮影された映像は圧倒的に多いのである。肉の大きさ、器の大きさ、柔らかさ、といった情報が思い出され、それが鮮烈な記憶を呼び覚ますキーになる。人間はすべての情報を覚えられないから、記号化して長期記憶化する。記号化された記憶は、たとえば「肉、美味かった」しか残らないかもしれない。食べ物の味や香りが鮮明に記憶に残るというケースはむしろ少数派であるはずだ。しかしVRで記録しておくとその記憶が呼び覚まされる。そこが実はVRカメラの本当にすごいところなのではないかと思うのだ。 
  • 「おまえの日本語は間違っている」という考えが間違っているのだ。今や、きっと、たぶん

    2018-05-28 12:20  
    1pt
    「今週は暑かったのでうちの会社はサンダル出勤もOKだった」という文章が伝わらないと嘆いてるツイートを見たが僕も何を言ってるのかよくわからない。
    というような書き込みが流れてきて、「あーあ」と思った。でも残念なことに、僕もどちらかというと、そっち側の人間だった。「今週は暑かったのでうちの会社はサンダル出勤もOKだった」という言葉は、日本語として文法にツッコミどころがあるかもしれない。「そんな日本語はない」というセリフは、よく言われたし、残念ながら僕も言ったことがある。なんでそんなふうに考えてしまうのか、自分なりに分析してみると、要は「言語の厳格な運用」が可能であるという仮説があるからだ。実際それは可能だ。そして、厳格な運用をしなければどうにもならないものもある。プログラミング言語だ。プログラミング教育によって得られる恩恵が「言語の厳格な運用」だとすれば、その弊害は「あらゆる言語に厳格な運用を期待してしまう」というものかもしれない。しかし大多数の人たちは厳格な運用などしていないので、これはプログラミングの間口を大幅に狭めることになる。自然言語解析がどうして限界が低かったのか。現実に、厳格に運用されている日本語などほとんどないからだ。契約書の条文や法律の条文くらい慎重かつ丁寧に練られた文章であっても、齟齬やツッコミどころはある。自然言語解析は、「厳格に文法にのっとった文章」にしか使えない。てにをはを省略したり、新語には対応できない。しかし現実の世界では、奇妙奇天烈な新語や珍語が日々生まれているし、コミュニケーションの進化にとって新語が生まれることはむしろ自然な現象であるとも言えるはずだ。「新語やスラングなどは、知能の劣った人間しか使わないから顧みる価値はない」というのが昔の価値観の根底にあったのかもしれない。しかしTwitterが普及した結果、権威と言われるような人物でも厳格な日本語の運用をするのが極めて困難であることがわかった。知能の高い低いに関係なく、新語や珍語は発生するし、運用される。新語や珍語は従来のような、特定の年齢層や地域のコミュニティに閉じられたものではなく、自然発生しては猛烈な勢いで全世界に拡散されるような性質のものに変わっている。たとえば昨年マストドンが流行ったときにうまれた「おはドン」という言葉は、何の説明を受けなくても日本人ならそれは「おはよう」と「マストドン」が隠されていると想像できる。従来の形式的な自然言語解析では、このような主語も述語もない新語は誰かが辞書に登録するまで理解することはできなかった。挨拶などどうでもいいと思うかもしれないが、挨拶はコミュニケーションの第一歩である。挨拶すらきちんと認識できないようなものが知能情報を処理していると言い切れるだろうか。深層学習を用いた言語解析なら、新語にも対応できることがドワンゴのニコニコ生放送によって示された。文字単位のLSTMを使うと、極めて短い文字列でも、それがネガティブなものかポジティブなものか判定できることが分かっている。それに関しては昨年マストドン用クライアントNaumanniを開発したときに、実際に「クソリプ」かどうかを判定するときも役立った。そもそも自然言語というのは、まさしく自然に発生した言語を指すのであって、日本語の文法と呼ばれているものは、あとづけで理解され、解釈された仮説の一つに過ぎない。実際、日本語自身も変化しているし、時間をかけて意味が変化したり、誤用がそのまま広まってしまったりした言葉は無数にある。我々の世界で有名なのはVirtualを仮想と誤訳してしまって、それがそのまま広がってしまったという事件だ。実際にはVirtualには「かりそめの」とか「現実には存在しない」という意味はなく、「エッセンス」とか「本質」という意味しかない。Virutual Realityは、「本質的な現実感」を意味する言葉であり、「嘘の現実感」を意味しない。Virtualが最初に誤訳されたのは、IBMがVirtual Memoryを翻訳したときだが、Virtual Memoryを仮想記憶と誤訳してしまったのが広まっていったと言われている。そうすると、実のところ、おなじ「VR」という言葉でも、欧米圏と日本語圏では微妙に異なるイメージを持っていることになる。日本人にとってVR=仮想現実感とは、あくまでもニセの体験であり、本物ではないが、欧米人にとってのVR=Virtual Realityとは、現実感の本質を取り出して純化させたもの、という意味合いになる。これは例えばVirtual Realityコンテンツにも如実に現れていて、欧米圏では圧倒的に360度動画が多い。これは現実世界であっても、「本質的な体験」のエッセンスを取り出せば間違いなくVRと呼べるという感覚からうまれているもので、日本的な「仮想現実」という設定で考えると、そもそも現実を写真に収めて360度を見渡せるだけでは、「仮想現実」という言葉のイメージとはかけ離れてしまう。十年くらい前に、藤井直敬先生が理化学研究所でSR(代替現実感)という言葉を生み出した背景には、そうした「VR=仮想現実感」という誤訳とは異なる本質を説明したかったのだろうと今ならわかる。しかし、藤井先生がSRという言葉を作ったことによって、「それってVRと同じじゃね?」とみんなが思うようになり、結果的に日本語圏におけるVRとSRの区別をなくしたことは藤井先生の功績と言って良いだろう。それでも、日本人はいまだにVRというと、完全な嘘の世界を体験する、という発想が強くて、たとえばそれはVR ZONEというゲームセンターにいっても感じてしまう。そこにあるのはすべてCGで作られた「嘘の世界」の物語であり、本来はそこまでしなくても、もっと良い体験になりそうなものはたくさんあるのに、そこになかなかたどり着かないのは言霊が今も我々日本人の意識を縛っているからだろう。 

    記事を読む»

  • 【またまた】Reptileの衝撃【新手法】

    2018-04-14 07:00  
    500pt
    久々の大物が来た。カプセルネットもあいかわらず興味が尽きないが、こいつは超弩級の上玉だ。その名もReptile。爬虫類という意味らしい。 
  • CNNが曲がらないと言われたのは、もう昔の話だぜ。俺のカプセルは曲がるッ!【イニシャルA】

    2018-03-22 07:00  
    1pt
    今日もカプセルネットワークである。休日もこうして家で実験ができる。なーんていい時代なんざんしょ。さてさて、カプセルネット以前の世界では、CNN(畳込みニューラルネットワーク)は画像が回転すると識別できないと言われていた。「へー」という感じだが、たしかに「畳込み」という原理を考えてみると、回転に弱いのはわかる。畳み込みでは、フィルターを使って「特徴」を抽出する。たとえば「縦のフィルタ」と「横のフィルタ」があった場合、上図のような数字の1を横倒しにしたら、「縦のフィルタ」には対応しないことになる。カプセルネットはダイナミックルーティングというアイデアによって特徴間の位置的関係や方向的関係性を把握できるという。ほんまかいな。それを知るためには・・・試してみるっきゃねえ!! 
  • カプセルネットの可視化に挑戦(とりあえず中間状態を見てみる)【カプセルネット】

    2018-03-09 19:08  
    高熱でうなされながら 「うーん、カプセルネットの中間層は一体どういう状態なんじゃよー」 と朦朧とした意識の中でかんがえた。 38度も熱があると、かんがえている途中でニューロンの働きが途切れるのか、どうしても「ある領域より上」へ思考が進まず、それがまたストレスになって頭が暑くなる。もうかんがえたくない。そうだ。食い物のことを考えよう。 「うーん、おひつのなかには新之助が・・・しかし身体が動かぬ・・・うーん。錠剤を飲むか。錠剤よりもカプセルがいいかな・・・うーん、カプセルネットの内部構造・・・うーーん」 却って暗くなってしまった。 この、高熱が出ているときに限ってろくでもない悪夢を見るがように、うなされては起き、起きては気絶を繰り返して、頭が熱い。あつすぎるぞと思ったらオイルヒーターを枕元でつけていた。オフにするとすごく快眠。なんだよ。知恵熱を人工的に再現していたのかよ。 この体験でわかったの
  • アンダーズの部屋で企画書を書き上げ、週末は冷凍食品を食いながらカプセルネットを試す

    2018-03-04 11:11  
    1pt
    秋葉原プログラミング教室がいよいよ本格的にオープンした。今度はれっきとした「教室」である。教材もちゃんとした本になった。これはさすが週刊アスキーを率いていた福岡さんの面目躍如そう、何を隠そう、UEIエデュケーションズの代表取締役社長は福岡さんなのだ。教室のイラストなどは青木光恵さんが担当。「なかなかいい感じになったんじゃないのー」と話していると、これまでいくつか頭のなかでぼんやりとしていた情報の断片が急速につながり始めた。え、なんだろうこれ・・・あ、久々に来たやつだ・・・え、マジ?ちょっと混乱しつつその場に居た福岡さんと伊東さんにアイデアを話す。「え、これは上手くいくのでは?」「わかんないけど」「伸びしろはあるよね。うまくいけば」実のところ、ベンチャービジネスではその「伸びしろ」こそが重要なのである。実はここのところずっと、「AIを電卓並に簡単にする」というのがどういうことなのか、自分でも
  • 畳み込みニューラルネットワークでよく使われるコンポーネントまとめ【メモ】

    2018-02-16 08:19  
     畳み込みニューラルネットワークの説明をあちこちで繰り返しているので、自分的には整理していることのまとめを書いておく。コードは全てKeras■基本 畳み込みニューラルネットワークは、1次元でも3次元でもいけるが、いま一番使われているのは二次元の畳み込みニューラルネットワークである。 畳み込みニューラルネットワークは、複数フィルタを学習するもので、入力されたデータがフィルタの数だけ増大する。データについては「チャンネル」と呼ぶ。たとえばRGBは3チャンネルでバラバラのデータとして入力される。入力された側は入力されたデータのチャンネル数がフィルタの数だけ増える。 しばしばフィルタ数=チャンネル数であり、この2つの用語が混在することでややこしさを増しているがデータはチャンネル、畳込み層はフィルタ数と呼ぶ。■畳み込み→バッチ正規化→活性化をワンセットにしたCBNA Convolution-Batc
  • 【ポエム】残念ながら人間は思ったほど賢くないのかもしれない(2)

    2018-01-31 23:59  
    1pt
    本郷三丁目交差点にある羅針盤電脳空間カウボーイズが毎週通ってた憩いの場だ。ランチがあることを今週初めて知った。さて、前回の続きである。忘れないうちに書いておかないといけないので書いておく