後ろめたさと不完備契約
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後ろめたさと不完備契約

2016-10-22 05:58
    前回の続き。

    そっか、労働生産性と雇用慣行は関係ないのか。

    日本の生産性の動向 2015年度版

    http://www.jpc-net.jp/annual_trend/

    つまり労働生産性というのは人間の物を生み出す能力によって決まるもので、どの職場で働くかによって変わるものではないから、国それぞれの雇用慣行によって労働生産性も変化しないということか。

    多分労働生産性を決めているのは、教師のお給料なんじゃないかな。教える側の能力が高いと教わる人間の能力が高くなるけど、教える能力が低いと教わる側の能力も低くなる。多分日本の教師の給料って安いので、教える能力が低いんじゃないかな。





    ということで前回の訂正終わり。さて、説明してきたように人間は「自分が損をしたくない」という思いの下に取引を繰り返すことによって交換価値を把握するので、取り引きするだけでは本来は損得は発生しない。

    ノーベル経済学賞「不完備契約の理論」の意義

    http://toyokeizai.net/articles/-/140152

    しかしながら人間は長期的な予測は立てられないので、一度契約を結んでしまうと、予想だにしなかった事態のせいで思わぬ不利益を被ることがある。例えば1個100円で半永久的にリンゴを買うと約束したけど、10年後には1個500円になってたとかね。

    そうなると売る側は1個あたり400円の損をするし、そんな怖い思いをするのなら長期的な契約は初めから怖くて結べないということにもなり得る。
    そこでそういう不測の事態が起こった時の費用分担をどうすべきかという話になる。これがいわゆる不完備契約の理論であり、ハートの理論って言われるやつだよね。



    今まで自分が価格と価値について書いてきたことって、正に今年のノーベル経済学賞のテーマだったんだね。全く知らんかった。

    この点自分の説明によれば、長期的なことについて契約に記載していなかったとしても、自然に解決するだろうということになる。例えば1個100円のリンゴを200円で買ったという場合、買った側は200-100=100円の損をして、売った側は100円の得をする。

    しかしながらその100円は機会費用や機会利益の対価になっているので、結局のところ損得は両者に発生していないということになる。つまり売った側は100円得しているけれども、裏では買った側に対して「リンゴを高く買わせてしまって申し訳ない」という気持ちが100円分負債となって発生しているので、プラスマイナスゼロで損得は発生していない。一方買った側は100円損したけれども、売り主の「リンゴを高く買わせてしまって申し訳ない」という気持ちを100円手に入れているので、同様に損得は発生していない。



    言い換えれば後ろめたいという気持ちが発生するということだよね。
    例えば駆け出しの新人声優にコミケで売るCDとか映像の声の吹き替えをお願いするとして、この時「ギャラは100万円でいかがでしょうか」と言ってみたとする。

    普通に考えたら、100万円貰う勇気のある奴はいないだろうね。
    何せ100万円もらうだけの能力がないと自覚しているのもさることながら、そんな大金をもらってしまったら、後で何をされるかわからないんだから。マトモな精神の持ち主ならば、「そんな大金もらえません!」と言って、自分からギャラの引き下げをお願いするに違いない。

    とこのように、価格(あるいはギャラ)と価値(あるいは能力)との間に格差があるということは、人間の精神に強烈な負い目であるとか後ろめたさを与えるものなんだね。だから契約がのせいで利益や損害を被ったとしても、その作用によって自然と修正されるというわけだ。

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