曲が伝えたかったもの
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曲が伝えたかったもの

2019-09-23 04:57
    前回の続き。

      夜明けまで強がらなくていい
                        乃木坂46

    風が悲鳴を上げ 窓振るわせて
    水道の蛇口から 後悔が漏れる

    過ぎ去った一日を振り返って
    眠れなくなるほど不安になるんだ

    誰に相談しても考えすぎだと言う
    自分をどうやって認めればいいのか?

    光はどこにある? 僕を照らしてくれよ
    暗闇は 暗闇は 涙を捨てる場所
    希望はどこにある? 生まれ変わる瞬間
    夜明けまで もう 強がらなくていい


    当たり前のようにできたことが
    自信がなくなって部屋を出たくない

    情けない自分が腹立たしく思えて
    命の無駄遣い 誰に謝るか

    光はどこにある? 僕を導いてくれ
    太陽は 太陽は 夢の背中を押す
    明日はどこにある? ヨロヨロと立ち上がれ
    夜明けまでは さあ かっこ悪くていい

    朝日が見えて来た 弱音はもう吐かない
    今日こそは 今日こそは 自分らしく生きる

    光はどこにある? 僕を照らしてくれよ
    不安とは 不安とは 期待の裏返しか
    希望はどこにある? 生まれ変わる瞬間
    太陽よ 太陽よ 連れ出してくれるのか?
    すぐに夜明けが来る


    乃木坂46 『夜明けまで強がらなくてもいい』

    https://www.youtube.com/watch?v=9yCEYQeMqJc


    この秋元康のくだらない歌詞を批評するには、一言で十分なんだな。
    つまりこの曲は、「都会的な世界を表現する曲ではない」んだよ。あまり音楽を知らない人が聞いてもわかると思うけど、この曲からは風や自然、そして中世ヨーロッパを舞台とするような、民族的なものを感じるだろう。

    でも秋元康はそんな事一切お構いなしに、水道の蛇口から後悔が漏れると書いたんだ。どう見ても現実世界を表す曲には見えないのにね。だからこの歌詞はこれでアウトなんだけど、にも関わらず秋元康は悪びれもせずに俺はこんなに素晴らしい歌詞を書いたんだぞと、天才作詞家なんだぞと居直ったんだろうな。

    思うにこの秋元康の態度も問題なれど、もっと問題なのはそれにあやかろうとする音楽関係者達の姿勢だろう。CD不況だか音楽不況だか知らんが、どいつもこいつもコイツに擦り寄ってばっかりだ。そして下らない音楽を作ることに手を貸して、消費者を次から次へと騙していく。エイベックスもそうだし、キングレコードもそうなら、ソニーもワーナーもユニバーサルもそうだ。

    更にはレコード会社のみならず、ライターやメディアまでもがコイツを神と崇めて持ち上げるんだから困っちゃうよね。現在乃木坂はレコード大賞2連覇中ですが、まさか皆さんこの曲も大賞に推されるつもりではないですよね? どうみても過去の「インフルエンサー」も「シンクロニシティ」も秋元康の手抜きの産物でしたけど、この曲や「Sing Out!」まで受賞させてしまうというのは、とても正気の沙汰とは思えない。

    そろそろお前達は秋元康と手を切ったらどうなんだ。こんなくだらん男と手を組んで商売することが、自分達の首を絞めるだけではなく音楽全体の信用を貶めているという事実に気がついたらどうなんだ。何度も言うがお前たち音楽関係者達は狂っとるよ。自分には目先のカネや数字に気を取られて、大事な事を忘れている気がしてならないよ。

          輪舞

    道のほとりに咲く綺麗なアザミ 
    ひらひら空に舞う いたいけな蝶々
    切り立った崖で鳴く鳥の子達 
    踏み出した水辺に浮かんだ足跡

    長い戦争の果てに 迷い過ぎの世界に

    独りで旅に出た  秋風の舞う頃

    時代の行く末に 目もくれない風景

    陽だまりに護られた 涙の癒える場所
    気長に揺れていた 集い過ごす千草が
    幸せの 芽を 生み出し始めてる


    旅の途中で見た 村の祭り
    実りのあることに 喜ぶ人達

    汗をかく時間が 報われたと思えた
    気持ちの和らいだ 青い目の少女

    希望に溢れてた 共に語らう声に

    しなやかに跳ね出して 踊るあなたの顔
    宴(うたげ)は終わりなく 夜を照らし続けて
    祈り込めた音(ね)を 周りに響かせた

    旅立つ時が来た すぐに此処を離れて

    真っ直ぐに駆け出して あの場所へ急げ

    笑顔で手を振って 皆(みな)と別れた僕の

    目の前に示された 期待と不安の先
    光の訪れは空を深く包んで
    何もかも迷わずに踏み出していけるなら
    そこに答えがある


    だから自分がこうやって歌詞を書き直すことには意味があるんだね。
    世の消費者達がライター共のヨイショ記事とレコード会社の猛プッシュによって、訳の分からないままに音楽を押し付けられている中で、こうやっていい加減な音楽を作る人間達の罪を暴き出し、消費者達に正しい音楽を知らせるきっかけも与えているわけだから。勿論自分に作詞家としての実力をひけらかしたいという気持ちがないわけではないんだけど、それでも良い歌詞の書き方がわかって、その結果実力ある人が報われるようにもなれば良いなと自分は思うんだ。

    ということで愚痴終わり。それで自分の書いた歌詞の解説になるんだけど、基本的な話としてアコースティックギターっていうのは、大抵自然を表現する場合が多いんだな。あるいは長渕剛や吉田拓郎などに代表されるような、男の無骨さとか不器用さとかね。

    だから自分も聞いた時に風や自然を表現している曲だなと思って、出だしはそれらを描写することに努めた。そして2番は旅人の話を書きたかったので、どこか村にでも立ち寄らせてみようと考えた。自分はよく外国はわからないんだけど、思い描いたのはイギリスとかスコットランドあたりかな。女性が頭にスカーフを巻きスカートを履いて、ぐるぐる回る風車を背景に踊っているようなイメージが頭に浮かんだのだけども、もしかするとオランダと勘違いしているのかもしれない。


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